DEATH DANCE W

「なんだこれは!?」
 壁を切ったと同時に、爪を立てて硝子を引っかいたような異音が響く。それに爆音が重なり、辺りは砂煙と焼け焦げる異臭を放った。
「――くそっ!」
「遊びは終わりだよ。召喚獣、戒」
 さっきまでの黒い壁が嘘のように地面へ落ち、その中から姿を見せた凛々は、唇を持ち上げたまま後ろを振り向いて相手を見つめる。
「いくらなんでも、この黒龍に勝てるとは思ってないよね?」
 初めて恐怖に顔を強張らせた青年は、凛々の足下で渦を巻く黒い影と顔とを交互に見つめ、苦渋の声を漏らした。
「……黒龍、だと? あの黒龍が、なんでこんなガキに!?」
 黒龍と同じ召喚獣の戒が驚いた理由は、ただ一つ。彼はとにかく強いのだ。それこそ、召喚獣格付けランクというものがあるのなら、その上位に入るほどに。
 そして、召喚獣として戒は黒龍と同じ神龍族に属している。同じ種族にある者は兄弟に等しく、戒は弟分にあたる身。しかし、一戦は交えた仲。その力の差も知ってるがゆえ、戦くのも仕方がない。
「黒龍、追い回して追い回して、やっつけちゃって」
「御意。マスター凛々」
 影は黒い糸を引いて地面から浮きだし、人の形となり、それが実体として姿を現す。
 漆黒に濡れた長い髪は背中で束ねられ、闇よりも暗く、黒い瞳はブラックパールのような輝きを放つ。
 戒にも負けず劣らずの引き締まった体格に、黒コートを羽織った姿は人と同じ形だったが、耳だけはやはり違って鋭く尖っていた。
「じゃ、せいぜい頑張って逃げてね、戒」
 威圧を込めて笑う凛々の顔は、庚や悠の前では決して見せたことがないほど残酷に歪みきっており、ゾッとさせるには十分だった。
「くそ!」
 さて、どうしたものか。
 いきなりの形勢逆転に、焦りと恐怖で煮詰まりそうな戒は、脱出路を確保すべく思考を巡らす。
 だが、考える暇(いとま)は与えられない。
「幻想界にてあれほど私は忠告してやったつもりだ。マスターには従順になれ、と」
 黒い先手が突然、戒の喉元を切り裂く。
 辛うじてそれを避け、受け身を取った手にはしっかり刀が構えられている。
「忠告だと!? はっ! いつまでもお前は人間の言いなりになって、犬を演じればいい! 俺はそんなのまっぴら御免だ。来い、黒龍。貴様のスピードと俺のスピード、どっちが早いか試してやる」
「……よかろう」
 唯一、黒龍と対を張れるものはスピード以外になかった。あとはどうやって自在に操ることが出来る影から逃れ、この場を切り抜けるか――それが大きな問題だった。
 大きく身構える黒龍は、影を帯びた手刀で切りつけようと一直線に迫ってくる。
 逃げられない――直感的に戒はそう思っただろう。
 それに、一つの攻撃をかわすと、その先に次の攻撃が待ち受けている。先読みしても反撃はおろか、かわすのが精一杯なのだ。
「どうした戒、避けることしか出来ないか?」
「――っ!」
 頬を掠める手刀は、触れてもいない顔に切り傷を作る。風圧だけでここまで出来るとは、もはや神業としか思えない。
「ちっ! 覚えておけ。この借りは必ず返すぞ黒龍!」
 頬を伝う血を拭いさることも出来ず、ジリジリと追い詰められ、とうとう逃げ場がなくなると、意を決したように最初で最後の一撃を放つ。
「くらえ黒龍!」
 喉元を目掛けて迫る手刀に、防御を捨てた戒の刀が振りかざされる。
 運がよければ相討ちになり、そのまま逃げきることができる。そう考えての攻撃は、黒龍の両肩へと接近していた。
「……弱いな戒。何を考え、何をしたいのかはっきり顔に出ているぞ?」
「!?」
 喉元に突き刺さるはずだった手刀が寸前で動きを止める。そして、首を斬り落とすはずだった二本の刀も動きを止めた。
「な!」
 加減なしで振った腕が、自分の意志とは関係なく動きを止めている。何かに遮られるかのように、その位置から完全に腕が動かなくなっていることに、戒はひたすら力を込めて腕を解放しようと足掻いた。
「何を! 何をした黒龍!?」
 瞠目から一変、目には焦りの色が見え隠れする。
「逃げようとしたから拘束したまでだ」
「!」
 このままでは、本当に天国に逝かされる。
 自分より圧倒的に上回る強さに併せて、拘束されてしまえばもう手だてがない。逃げるどころか、嬲り殺されてしまうのがオチだ。
「畜生――!」
 悔しさと怒りがこみ上げてくる。何も出来ない自分はここで負けを認めなければならない。それを思うと、叫び声をあげ、泣きたくもなってくる。
「私の影はいかなる物にもなり得る。戒、その腕の自由を奪ったのも影だ」
 唇を噛みしめ、尚も影から逃れようとする戒から、黒龍は二本の刀を奪い取る。


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