DEATH DANCE V

「どうした、ガーディアン庚。さっきの威勢はどこにいった?」
 勝利を確信して止まない青年は、大したこともしてないのに気を失いそうになっている庚を眺め、悦に浸る。所詮、人間は人間という言葉を肯定させるには少し早かったかもしれない。そう感じながらも。
「……いい加減に、してよ」
 小さな声は、静かになった場所で突如、響いた。
「あぁ?」
 その声を聞き取った青年は、思い出したかのように凛々へ視線を移す。
「今、なんて言った?」
「――いい加減にしろって言ったんだよ!」
 真っ白なボディが印象的な、少し納まりの悪い銃“スパイラル”の銃口を青年に向け、凛々は叫んだ。
「はっ! 銃を向けたところで貴様の弾は当たらないと、さっきのでわからなかったのか!?」
 何をするかと思いきやだ。
 青年にとって戦いの道具にも値しない銃を向けられたことは、やる気を削ぎ、呆れさせるには充分だった。
 弾をかわすどころか、それを掴み取ることが出来る相手なだけに、それでも銃を突きつける行為は、土壇場での逃げ道を作る偽装工作か、相手に恐怖し、闇雲に命乞いする兵士にも似ている。もちろん、それが普通の弾の入った銃であるならの話だ。
「かわせることを僕に証明して見せてよ」
 言葉と共に轟音。
 瞬時に繰り出された弾は三発であったが、何やら光を帯びて旋回するのを見れば、普通の弾丸でないことは一目瞭然だった。
「これは……追撃型か!?」
 察知したのと同時にとっさで身を翻した青年だが、その後を追うように軌道を変えた弾は背後から追撃を始める。
「くっ!」
 並みならぬ跳躍で背後からの追撃をかわした青年は、空高くを舞いながら下方を見やって刀を構える。
 弾はまたしても軌道を変え、突き上げるように下から迫っていた。
「たかだか人間風情が!」
 重力に引き戻される身体で、刀は昇りつめた弾を斬り裂いた。着地と同時に、頭上では爆発が起こる。
「お前にだけは手を出すなって命令だったが……気が変わった」
 斬り込みの構えをする青年は、刃先を凛々へと向けて今にも飛びかかって来そうな勢いだ。
「もしかして、これで終わったと思ってるの?」
 細く笑んだ視線の先は、上空を見つめている。
 一瞬、上へと視線を向けた青年は、反射的に動かした身体で命を救われた。
 このまま相手へ斬り込んでいたら、追撃弾が頭上から真っ逆さまに降りかかり、脳髄を直撃していたに違いない。
「!」
「どんなことをしても逃げれないよ。君が斬り裂いたおかげで、拡散して数を増やした。このスパイラルは魔力を消費して追撃弾を作る。言わば魔銃なんだよ……召喚獣、戒(かい)」
 凛々が喋る間にも、追撃は止むことを知らない。
 こいつはなぜ自分の名前を知っているのか? 疑問もろくに解決できないまま、幾度目かの追っ手をかわした赤髪の青年は、喘鳴を零した。今更ながら、病み始めた肺に呼吸を圧迫されていたのだ。
 回避と逃走を繰り返しつつ、青年は凛々の目前へ迫る。
「貴様も一緒に灰になれ!!」
 “戒”と凛々が呼んだ男は、まくし立てるような剣幕で急接近、再度、突きつけられた銃口に動じることなく刀を振りかざした。
 刀と弾、果たしてどちらが早かっただろうか?
 斬り込むかと思われた戒は、腕を振った力と脚力を生かし、標的になるはずだった頭上を素速く飛び越えている。
「――っ!?」
 遮るものがなくなった凛々の視界には、追撃弾が旋回し、直ぐ目の前まで迫っている。
 このままでは、自分が放った銃弾で倒れることになりかねない。
「なんと愚かな人間よ……DEAD LOCK!」
 次の行動を起こす余裕もないまま、凛々のすぐ背後では、銀色の鋭刃が静かに振り降ろされていた。


 ガーディアンである庚ですら、力の差に屈して瀕死の状態なのに、凛々の実力では到底、召喚獣を倒すことは不可能――誰が見ても明らかにわかりきった勝敗の中。
「光在る場所に闇在り。闇を守護とする鬼神、その名を黒龍(こくりゅう)。血の混じわりし契約において我は汝を喚ばん、黒龍召喚――!」
 凛々が口走った召喚呪文。それは、言葉に共鳴するかのよう空に暗雲を作り、雷鳴を轟かせた。
 時が止まったかのような最中、迫り来る追撃弾も、背後から降りかかる青年の刃も微動だにしない。いや、“止まったかのよう”ではなく、“止まっていた”と言ったほうが正しいかもしれない。
「SHADOW WALL!」
 凛々の切り札は、己の肉体でも追撃をする魔銃でもなかった。
 時が再び動き出す。
 迫る銃弾と銀色の鋭刃は、何事もなかったかのようにまた襲いかかる。
 時が止まったことすらわらない青年は、突如として現れた黒い壁に瞠目したまま、止めることもできずに刀を振りおろしていた。


[*←||→#]

16/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!