DEATH DANCE U

「庚……」
 彼の揺るがない気持ちに気圧されたか、桜色の髪の青年は伸ばしかけた手を止めた。
「……だったら、僕が援護する」
 意思が揺るがないのであれば、自分にできることはこれしか残っていない。
 思考を180度シフトした凛々が言う言葉に、一瞬だけ庚は苦笑した。そしてすぐにその表情を硬直させて口を開く。
「俺が何をしたいかわかってるな? 足手まといになるなよ凛々」
「何をごちゃごちゃと! お前ら二人が結束したところで、結末は何もかわらないぞ!?」
 確実に胴から首を切り離すため、振りかざされた刀は躊躇いも見せず庚の首にヒットした。しかし、首を切り落としたはずの刀に血はなく、空を斬るように軽い感覚は不思議とその手に冷たい感覚を残した。
「……なんだ?」
 目の前にいたはずのターゲットはそこに居らず、その後ろにいた、桜色に染まった髪をなびかせるもう一人――凛々が銃を構え、こちらに銃口を向けている。
 ほんの数ミリでも手前にいたら、姿を消した庚の替わりに、首筋の動脈を抉られて血の噴水と化してただろう。
「DEAD LOCK!」
「――――!」
 銃から放たれる轟音と硝煙は、お互いに視界を遮る。
「お、お前、図ったな!?」
 手の甲に押し当てられていた銃口は明後日の方向を向き、全く何もない空へと轟音を木霊させた。最初から止めを刺すつもりがなく、庚を逃がし、時間を稼ぐための囮だったとしたら、狙った獲物は一体どこに消えたのか?
 虚しく残像を切り落とした刀を握り直し、赤髪の青年は歯を食いしばって後ろを振り返った。
「察するに貴様は召喚獣。異界に住む、執念と未練で姿を留めた亡者の成れの果て……違うか?」
 数メートル後ろで、弾き飛ばされた刀を抜き取った庚は、ただただ相手を哀れむように笑って髪をかきあげた。
「だとしたらお前は俺をどうするつもりだ? 浄化でもして天国とやらに案内してくれるのか!?」
 姿はまたしても掻き消える。どうやら凛々は標的になっていないらしい。あくまでも庚だけを狙い、襲いかかる青年は一体なにが目的なのか?
「死ねええええ――――!」
 光の一線は、鋭刃の影を残して大きく弧を描いた。その最中、笑ったままの庚は刀を構え直す。
 規則正しく振り下ろされた二本の刃を容易に受け止め、その隙に強烈な膝蹴りを鳩尾に食らわせる。
 奇怪な音が響く。それは痛さや衝撃による呻き声とは違い、人体的な損傷を肯ける生々しい音だった。
「がはあぁっ――!」
 痛烈な一撃は肋骨を数本へし折り、更に肺をも圧迫したらしい。地面に突っ伏した赤髪の青年は、大量の血反吐を吐き出す。
 痛みからなるものなのか、眉をしかめ、唇の血を拭い去った手が地面に爪を立てる。それからゆっくり肩が揺れ、大胆にも青年は笑い始めた。
「くくく、はははっ! 肋骨が肺に刺さった。どうもこのままじゃ気が済まない…………お前を、ぶっ殺す!」
「殺してみろ。殺せるものならな」
 砂をかじっていた掌が持ち上がり、それは庚の胴体へかざされる。
「?」
 疑問に思うのも束の間。指先に集中している光の球体をまともに受けては埒が明かない、つまり自分の身が危ないと身構えた庚だったが、時はすでに遅し。
 血の泡を吹きながら笑う青年は、死をも恐れぬ勢いで、属性らしい属性すら持たない魔法を繰り出してきたのだ。それは魔力さえ持っていれば容易に放てる衝撃波。
 光弾は、塞ぎようもない庚の身体をヒットし、呆気ないほど簡単に瓦礫の山へ吹き飛ばした。
「――っ!」
 したたか身体を壁に叩きつけ、金髪の青年は意識を朦朧とさせた。激しい痛みが全身を襲い、こめかみから血が滴り落ちる。もしかして、身を庇ったせいで頭を打ったのかもしれない。
 どこか遠く、凛々が呼んでいるような気がしたが、意識も危うい。
 どれだけの衝撃だったかはわからないが、とにかくやばいことだけはわかる。
 それでも庚は立ち上がろうとして、自分に落ちてきた影を見上げた。
「あと五発だ」
 ジリジリと迫る赤髪の青年は、苦痛と驚愕に歪んだ顔を嬉しそうに眺め、血の混じった唾を吐き捨てた。
「お前のせいで負った怪我、そのまま返してやる」
 掴みあげた金髪を引き、間近にまで寄せた顔はやはり苦痛に歪みきっていた。
「ふん、死に損ないが!」
 壊れた玩具を捨てるかのごとく突き放され、頭から激突した庚の意識はさらに遠退いた。
 いくら強いと呼ばれるガーディアンが本気になろうとも、召喚獣なるものに対等で戦える者は数少ないだろう。
 己の肉体だけで挑むのは限りなく危険性を伴い、むろん落命をも覚悟しなくてはならない。それでも戦うのは、任務、責任、使命――言い方はどんな形であれ、ガーディアンである限り“狙われたら戦う”という、有無も言わさず全うしなければならない決まりがあるからだ。


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あきゅろす。
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