DEATH DANCE T

 相変わらず静かな小路に人の姿は見当たらなかった。不自然に静かすぎる場所でも、鼠一匹くらいは姿を見せてもいいものだ。でも、その気配すら一向にない。
「――伏せろ、凛々!」
 辺りを見渡す庚は、第六感が察知する危険に凛々を引き寄せ、素早くその場を退ける。
 それからすぐ、予感は的中した。
 身体の中まで響きわたる重低音は、一瞬にして建物を崩壊させ、瓦礫の山を作る。
「一体、何だ?」
 辛い、怪我もなく爆破から凛々を守った庚は辺りを用心深く見渡すが、砂煙が舞う中では何も見えない。しかし、残骸がパラパラと崩れ落ちる霧の先から、静かに一歩、また一歩とヒールの足音が響き、距離を縮める姿があった。
「そこか!」
 腰にある銃を抜き勢いよく発砲――それは、たとえ見えないものであろうとも完璧に命中する。
 判断力、スピード、命中率、どれをとっても右に出るものはいないであろう弾丸は、計八発、全て見えない敵に手応えのないままヒットした。
 だが、朧気に現れ始めた影は暫く歩みを止めただけで、バランスを崩すことも倒れることもなく、平然、尚且つ正常に歩き始める。
 それは恐ろしいくらい異様な光景だった。
 人間だったら一発食らってもよろめくだろうに、そいつはかすり傷一つないまま姿を現したのだ。
「庚!」
 背後に隠れていた凛々は、完全に姿を現した人物を見て驚きのあまり大声をあげる。
「どうも。随分と乱暴な歓迎で、実に気に入ったよ」
 両の手を掲げ、指の隙間にある弾を投げ捨てて見せると、燃えるような赤髪の青年は二人を一瞥し、鼻で笑った。
「まさか、だろ?」
 打った弾丸八発、あの砂煙で何も見えない中、全部を正確に指で捕えていたのは驚愕に値する。
「悪いけど不意打ち八発分、きっちり返させてもらうからな」
 スラリと伸びた長身の影が、ゆらりと宙を踊る。赤い髪と端正な造りの顔の下、真っ白な襟を立て、仕立てのよい黒スーツを着ている姿を見れば、出で立ちこそ良く見えたが、隠しきれない欠点がそれを補いきれずにいた。
「――奇襲したのはそっちだろうが!」
 憎悪の感情を込めて相手を睨み返す庚は、よっぽど奇襲された事が頭にきたらしく、思いきり食ってかかる。
「威勢だけはいいな」
 今にも飛びかかってきそうな気配に、青年は口端を微かに持ち上げる。それは余裕からなるものだったのかもしれない。迫る緊迫感の中、静かに両腰の柄へ手を伸ばす。
「その意気に免じて七発にしてやる。どっちみち、血を見るのはそっちだからな」
 真紅の髪が風に揺れたかと思うと、地面を蹴り、一瞬で跳躍した姿はすでに掻き消えている。
「DEATH MATCH(殺し合い)開始!」
 そして姿なき声は、合い言葉のように“DEATH MATCH”と囁き、戦いの始まりを告げた。
「凛々、下がれ」
「うん」
 しがみつくように庚にくっつく凛々から距離を置くと、左足を一歩後ろに後退させ右手で腰の柄を握る。相手は消えたのではなく、早すぎる加速でその姿を眩ましているだけ。そう理解している庚は、無駄な思念を追い払い、迫ってくる敵を風で読む。
 流れが変わるほんの一瞬。
 敵はすぐ目の前ではっきり姿を現した。
「ふん! 所詮どんなに強かろうと、人間は人間。取るに足らない存在だ!」
 同時に振りかざされる二本の刀。
 それを受け止めるべく鞘から抜かれた庚の刀。
 澄み渡った金属音が辺り一面に響き、それは互角な攻防を繰り広げた。
 だが、しかし――
「くっ……」
 苦渋の声を漏らしたのは庚だった。
「残念。軽薄だなお前は。これでガーディアン(護衛)? 笑わせるなよ!」
 庚の攻防を一撃にして粉砕。二刀流使いの敵はクロスに重ねた刀を振りかざし、そのまま喰ってかかってくるのかと思いきや、あり得ない動きで一刀を腰まで引き、庚の腹を突き刺したのだ。
 防ぎは完璧だった。有り得ない動きさえされなければ。
 かわしきれなかった攻撃は、完全にダメージとして身体を襲う。力を失った一瞬、刀は弾き飛ばされ虚空を旋回し、太陽の光を反射させて遠くの地面へと突き刺さる。
「わかるだろ? 俺はお前達のように無能な人間じゃない。人の姿は仮初めだ」
 突き刺さった刀を容赦なく抜き取り、それに付着した血を舐めあげる姿――それは人の姿にして人にあらず。鋭く尖った耳が人間以外の生き物であることを肯けていた。
「貴様!」
 片膝を地面についた庚は、奇襲され、揚げ句に先手を取られた敵を睨みつける。
「凛々逃げろ。ここは俺が片付ける」
 怒りは頂点に達してした。でもこの感情は本来の感を鈍らせる。金髪の青年は自分が冷静さを取り戻すよう深呼吸した。
 鈍痛が腹部を走る。
「庚、相手が悪いよ。あれは――」
 庚は忠告を無視し、無理矢理立ち上がる。


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