I LOVE YOU I'LL KILL YOU U

 片足だけがそれに捕らわれたというのなら、まだ逃げ道はあっただろう。しかしその逃げ道も遮絶するかのように、もう片足に突き刺さった銀の刃先は、後ろから前へ突き出て互い違いに足の自由を奪っていた。
「メイドのお洋服を着たドールが、ここまで戦闘能力を持っていたなんて心外です。誰かに吹き込まれましたね? でも、それも嗜み程度と言ったところでしょうか」
 痛覚を伴わない微笑を浮かべる悠は、足首から流れ始める血を眺めながら薄い唇を再び開く。
「さぁ、次は何をするんですか? 私を殴りにでも来ますか?」
 焦りや恐れは微塵もない。
 余裕綽々な表情で笹葉を見やると、挑発するかのように手招きし、笑いながらその言動を見つめる。
 意外にも感情的なドールは、それが引っかけだと気付かないらしい。馬鹿にされたことが頭の中で旋回し、それ以外はすっかり忘れてしまったようだ。
 戦慄く拳を握りしめ、唇を噛み、歪んだ顔で相手を睨みつける。仕舞いには引きつった笑い声をあげ始める。
「ふふふ、あはは! そんなこと言われちゃうと、さすがの僕もブチ切れちゃうよ。でも、殴るとかそんなことしたら手が汚れる。だから僕が直接、悠に触れることなく殺せちゃう方法を考えた。それがこれなんだよ」
 指を指したその先には、コンクリートを破壊して足へ突き刺さった銀の刃があった。
「供給しなきゃ、ドールである僕は魔力を養うことはできない。だから、悠から頂いちゃおうって作戦!」
 楽しい遊びをしているかのように晴れやかすぎる笑みを浮かべた笹葉に、悠は自分が窮地に立たされていることを忘れ、甘い微笑を浮かべた。
 一枚上手はどちらか――お互いに負けじと微笑む顔は全く同じだったが、ドールのどこが生身の人間と違うか、細かく構造を知り尽くしていた悠は余裕な顔でハンデを与え続けていく。
「それはとても良い案ですね。私は逃げも隠れもしませんので、どうぞご自由に魔力を供給して下さい。あぁ、ちなみに供給のしすぎにはご注意して下さいね。ショート起こしますから……」
 どこまでも屈託のない笑みを浮かべると、そのままの状態で立ち尽くす。そして、やられるがままに魔力を汲み上げられていく。
 小さな静電気が走る感覚は、痺れ始めた身体が完全に刃を伝い、ドールへと魔力を供給し始めた証拠でもあった。
「本当に馬鹿だね悠。ここで僕が、黙って供給してると思った?」
 沈黙していた唇が動き出す。それはこれまで以上に強気で、勝ち気な喋り方。
「汲み上げた魔力は全部、悠に返してあげるよ。あぁ、でもその前に……いや、最後に一つ……僕は綺麗?」
 返事はなかった。
 なかったというよりは、返す時間がなかったと言ったほうが正確だ。
 太陽の光に反射し、輝く槍の結晶――それが無数に空を漂い、矛先を悠へ向けて飛びかかる。
 寸分の狂いなく襲いかかってくるそれに、足を捕らわれては逃げることはおろか、かわすことすらできない。
「――DEAD LOCK(とどめ)!……さようなら、悠」
 声は、瞬速で空を斬る槍の音にかき消され、悠の姿もまた、同じように埋め尽くされた槍の中に消えた、はずだった。
「本当に、やれやれですね」
 声は確かにこの静寂の中から聞こえてきた。
「――何!?」
 思わず見開いた視界に入り込む、想像を絶する光景。笹葉は自分の目を疑った。
「これでDEAD LOCKを狙ったつもりですか?」
 串刺しになるはずだった標的は無傷のまま立っており、その目の前で、結晶の槍は見えない壁に遮られているかのように硬直し、先端から溶けだし、液体、蒸気へと姿を変え始めている。
「ば、馬鹿な!」
「ふふ、残念でしたね」
 ケロッと笑って見せると、今度は血溜まりになりつつある足を、バレリーナさながら高々と振りあげて刃を外しにかかる。
「ふざけるな!」
 逆上する笹葉が、二発目の攻撃を加えようとしたその瞬間、完全に両足を解放した悠の口元がつり上がり、微かに動いた。
「SUCTION」
 僅かに動いた唇は、言葉少なめにそう囁き、全てを無へと帰した。
 槍の結晶はまたしても溶かされる。
 全てを完璧とした隙なき攻撃と記憶していた笹葉は、書き込みされた自分のデータに誤差が生じたことで、ショートを起こし始める。
「なんで……どうして……?」
 傷一つ負わなかった悠に恐怖すら覚えた笹葉は、頭を抱え込み、懸命に解答を探し始める。これでは全くの無防備状態だ。いつやられても文句は言われない。
「やっぱり嗜み程度でしたね、笹葉。さて、そんなこんなで質問をしてもいいでしょうか?」
 一歩、また一歩と近付く標的の足音に、青ざめてさえいる笹葉の顔は、すでに攻撃の意志は感じられず、全く同じ高さにある同じ顔の相手を見つめて表情を曇らせた。


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