「魔術師は皆死ぬがいい!」
悲鳴を切り裂く不愉快な笑い声。
皿が割れる音、人が倒れる音。
照明が消えたその一瞬は、いとも容易く俺に恐怖を見せた。
国内でも優秀な魔術師が集う今日の交流会。
それが血祭りになるだなんて、誰が予想しただろうか。
「おい餓鬼!あんまりちょこまかと動くんじゃねぇ!」
急に飛びかかってくる、正体も知れぬ覆面の男たち。
俺はバタフライナイフを振り回す男を何とかかわしながら、暗闇の中で必死に近くにいたはずの水輝や拓斗を探した。
父は勿論、戦闘に熟れた魔術師はそれぞれ応戦していたが、半数が床に倒れぴくりとも動く様子は無い。
その姿は国内屈指の有権者やその家族ばかりで、ここでようやく俺は男たちの目的を解した。
「天を裂かんとす…っ偉大なる…くっ!」
父さんから習った、覚えたての呪文。
完璧に暗記しているはずなのに、徐々に荒くなる息が邪魔をして上手く呂律が回らない。
まして床に臥した肢体を踏まないように気を付けながらでは、完全に詠唱するのは至難の業だった。
「さっさと死ねや!」
「……!!!」
運悪く躓いた瞬間、右腕に激痛が走る。
どうやらナイフはようやくその意味を持ったらしい。
「知ってたか?コイツには猛毒が塗ってあるんだぜ」
男は急に動きを止めると、さらりとそう言った。
…どうしてコイツがこんなにも俺に執着するのか理解に苦しかった。
子供一人殺したところで男には何の利益も無いはずなのに、理不尽だろう!
傷は既に俺を嘲笑するように、鋭く存在を主張している。
「…だから何だよ、子供刺して楽しいの?オジサン」
額に汗。
治療の為の術は興味が無いからと言って勉強していなかった。
…俺の馬鹿野郎、毎日拓斗と遊んでんなよ。
僅かに後ずさり、男との距離を広げていく。
右腕は、悲鳴を止めない。
「天を裂かんとす、偉大なる雷神よ…」
カタリと足元で音がし、爪先がガラスを踏んだのだとわかった。
目はもう冴えている。
俺は絶対、父さんの足手まといにはならないような息子になってやるんだ!
そう思っていたから、この男は何としてでも自分の手で拘束する必要があった。
天窓から射し込む月明かりが男を照らす。
それを合図に、一気に相手目掛けて走り込んだ。
「今この手に宿りて放たれん、龍氣走雷ッッ!!」
凄まじい雷鳴が耳に響く。
失敗していたばかりだった術が成功した証。
右腕に宿った龍は男を威嚇しながら、疾風の如く突き進んでいった。
その刹那。
「うわぁぁあ!!!」
どこからか拓斗の声が聞こえたと同時に、傷が焼けるように熱を持つ。
途端全身の体温が急激に下がり、俺はあっさりと平衡感覚までをも奪われた。
「タクト…!…っ…毒が回ってきたか…」
倒れそうになるのを必死にこらえて、立ち止まり体勢を維持する。
前方にニヤリと笑いながら歩み寄ってくる男。
俺の狙いは逸れたらしく、残念ながらダメージは全く受けていない。
「やっとお前も死ねるな、魔法使いさんよ」
そう言って男は、思い切りナイフを振り上げた。
ねぇ神様、たった8年の生涯はあまりにも短すぎないだろうか?
…そんなことを考える余裕がある程、この時の俺は死というやつを覚悟していたのに。
「レンバっ!!」
不意に視界に何かが飛び込んでくる。
月光が遮られてその正体はわからなかったが、男は反射的に声がした方にナイフを構えていた。
それで……それで。
「……このチビは魔法使いじゃない。列記とした魔術師だ」
確かに彼はそう言って、俺を見て、微笑んだ。
「父さん…ッッ!!」
飛散する鮮やかな赤。
男の右手にナイフ、父の右手にガラスの破片。
それらが色を滴らせながら、床に落ちる。
「……レンバ、ごめんな」
ドサリという鈍い音と共に、二人の男はどちらからともなくその場に倒れた。
「………どうして…」
どうして遠距離から魔術を使わなかった?
どうして自ら男に向かった?
どうして俺に謝るんだよ?
そう問いかけても、父は何も返事してくれない。
「タクトの父さんと一緒に、これから世界を平和にするんじゃなかったの…?」
いつもなら馬鹿みたいだよなと言って苦笑するような質問にさえ、全く反応はなかった。
…父さんの足手まといにならないような息子になると決めたのに。
何もできなかった上に、結果として自分が父を殺してしまった。
「お願いもう誰も殺さないでぇッッ!!」
絶望の中に響く水輝の嗚咽。
振り向くと、少し離れた所に拓斗と…母さんが倒れていた。
数敏さんは他の男たちに囲まれていて、上手く身動きが取れない。
「大丈夫?!」
慌てて二人に駆け寄ると、タクトは脇腹を両手で押さえつけながら何とか息をしていた。
……だけど。
俺を救ってはくれたのかもしれないけれど。
神様というやつは、やっぱり残酷で。
「……母さん?」
変色した髪。
恐怖を滲ませた目。
魔法も魔術も使えなかった母は、すっかり体温を失っていた。
「……っ………」
何もかもが急に遠く感じられて、俺は目の前の現実を見つめる事しかできない。
これは夢だとも言い聞かせてみたけれど、効果はゼロだ。
右腕の傷が痛む。
「……レンバ、ごめん」
掠れた声で、タクトが言った。
「何で…何でタクトも謝るんだよ……」
もし今、自分と同じ状況に取り残された人間がいるのなら。
…どうか泣いて欲しい。
俺には涙なんて、流せないから。
「包霧」
思い出したような毒の効果で意識が薄れていく中、泣きじゃくりながら水輝がそう口にした気がした。
それから覆面の男たちがどうなったのかは、俺は見ていない。
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