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リフレイン


「別に、わたしがアイツに気を遣う必要はないわ…」


そんなことを自分に言い聞かせながら、手にした書類を胸に抱く。
これは仕事、私的な用事でここに来たわけじゃない…。
緊張にも似た何かが呼吸を乱して、目の前のドアをノックするという簡単な行為すら躊躇させた。


「…………」


落ち着いて、深呼吸。
拍動に合わせてノックする。


「…入るわよ」

「いいよー」


…どうやら、この部屋の住人はわたしの心情なんて気にする価値もないと思っているらしい。
声をかけて2秒、いかにも彼らしい調子で返事が返ってきた。


「適当に入ってー」


部屋に入るのに適当も何もあるものか。
ドアノブを捻って、溜め息を吐きながら後手でドアを閉める。
カチャリと音がした瞬間、視界に入ったのは相変わらずニコニコと微笑む乙葉拓斗だった。


「ロザリアが僕の部屋に来るなんて珍しいね」


部屋に差し込む暖かい日差し、マホガニー製の机に積み上げられた本や資料、古いけど上品な紙の匂い。
…あらゆる感覚器官がわたしに感じさせていたのは、不覚にも"懐かしい"という事実。
最後にこの部屋に訪れたのが1年以上も前だというのに、何もかも変わっていなかった。

16歳の誕生日に贈ったウィンドチャイムが窓際で揺れている。
一緒に出かけた際に購入したらしい小さなオルゴールも棚に並んでいた。
思い出があちこちに残された空間。
それらを目にする度、何故か無性に切なくなる。
全て消えて無くなっていれば、幾分かマシだったかもしれないのに。


「ミズキに頼まれたから来たのよ。シュヴィンデルに関する資料をお兄様に届けて来て下さいます?ですって。…ブルーミストの例の件、始動するみたいね」

「誰が任務に就くかはまだ知らないけど、僕のような気がしないでもないよ」


そう言って苦笑いしながら、拓斗はわたしを見た。
そしてささやくように。


「もう、忘れた?」


どくんと、大きな鼓動。


「……疾っくの昔よ」


アナタのことなんか、もう忘れた。
アナタのことなんか、もう好きじゃない。

今のわたしは、かっこよく笑えているだろうか。


「そう。安心した」


コトリと踵が床を鳴らす。
気が付くと目の前には長身の少年。
困ったような表情を浮かべて、彼は申し訳なさそうにわたしに謝っていた。


『いつか僕は任務で死ぬから…ロザリアには普通に幸せになって欲しいんだ』


自惚れも甚だしい、何が幸せであるのかを決めるのはわたし自身だと言うのに。
今や青年となった少年の言葉が幾度も耳に響く。

それはまるで、リフレイン。


「それじゃ、行くわ」


さっとドアノブを引っ掴み、不毛な追憶から逃れるようにして拓斗に背を向けた。
扉が閉まる刹那、彼が何か言いかけたような気がしたが。


「…っ……」


バタン、という音と共に吐息が漏れる。
気が付くと滲んだ視界を保とうとして、歯を食い縛る自分。
胸に抱く為の書類は全て渡してしまい、手元には何も無い。


「…わたしって…こんなに弱かったかしら…?」


震える声で、搾り出すようにして出た言葉は自らへの戒め。
零れ落ちそうな感情を必死に堪えながら、ただただ、自分に言って聞かせる。

アナタのことなんか、もう忘れた。
アナタのことなんか、もう好きじゃない。


…理解しているはずなのに、意図に反して頬を伝うそれがやけに腹立たしかった。




シリアスな感じの音箱も知って頂きたくて、拓斗とロザリアの過去を書いてみました。
とりあえずこれは拓斗がリートに会う前のお話だったりします。
そして数十年後、病気になって死にそうな彼に「アナタは任務で死ぬからと言ってわたしを振ったのよ」なんて言いながら意地でも逝かせないロジーが想像できますね(笑)
お粗末様でした;

水澤七海


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