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空の箱庭
3









「――で、敵に追われた俺たちはハックした軍車でヴィージの森に来たってわけだ」

一通り説明を終えたツギリは、ベッドの上に腰掛けたサクに向き直った。
常軌を逸した内容でも理解しようと努めたサクは、その殆どを黙って聞いていた。そして、現状を鑑みて二人におずおずと確認する。

「それで、この森に棲む“ヴィーザル”という人たちに捕まったということ…?」

その問いかけにツギリはシライと再度顔を見合せ、ため息をついた。

「まあ、そういうことになるな」
「俺はこんな扱い納得いってないんだぜ?しかしまあ、今の俺らにゃ行く先もないしな〜。しかも、お・ま・え!」

そう言って、シライは眼前に顔を寄せたので、サクは後退る。

「お前の意識が戻るまでは、派手に動くことは出来なかったってわけ」

気を失った自分を介抱しながら移動するのは本当に骨が折れたことだろうと、サクは二人に頭が上がらなかった。事の顛末は、信じられない事の連続で実感が沸かず、先ほどのようにもうパニックになることもなかった。
とりあえずサクは簡単に家に帰れないような遠い地に迷いこんでしまったことをやっと理解できてきた。そして、そうなってやっと、この部屋の都度品や目の前の二人の身なり━黒の光沢がある不思議な素材の服やブーツ━や、やけに小振りで精巧そうな銃など、見慣れないものが多いことに気づいた。

「とりあえずお前が無事でよかったよ。俺、もしかしてあいつらに喰われたんじゃねえかって心配してたんだよなぁ。お前、身なりがやけにいいから美味そうにみえたんじゃねえかってな。それにほら、肉だって、子牛や子羊のほうが特別で高級だろ?それと一緒で子供のほうがさ〜」

シライは冗談のつもりでそう言ったが、サクはみるみると顔を青くした。本当にからかい甲斐のあるやつだとシライは可笑しくてたまらない。

「そ、そんなに怖い人たちなんですか?ここにいるヴィーザルって人たちは…」
「おうよっ。そりゃあ怖えーよ。なんてったって奴等はな――」
「シライ」

調子にのって畳み掛けるシライをツギリはその手で制止した。不服そうな目を向けたシライに、ツギリは口に指をあて、扉の外に視線をやることで、異変を知らせる。

それと同時に、扉の向こうから慌てた足音が聞こえてきた。そして小走りのそれはすぐに大きくなる。

ツギリとシライは瞬時に扉の両サイドにそれぞれ身を潜めた。サクは先ほどのシライの話を反芻し、恐怖に体を強張らせる。

扉が派手な音を立てて、乱暴に開かれた。


「こ、こら〜〜!!って、わわっ!むぐぐぐ」

勢い良く飛び込んできた捕縛者は、瞬時にシライに首根っこを掴まれ、逆に捕らえられた。

「おーおー威勢がいいこった」

捕縛者を軽々と片手で持ち上げたシライは、口を被われて怒りを顕にするその目を覗きこむ。じたばたと体を動かし、必死で抵抗する姿に、サクは拍子抜けしてしまった。

「こどもじゃないか…」

いとも簡単に動きを封じられてしまったその子どもに、同情の視線を向けてしまう。

「そうそう。可愛いだろ?考えなしに突っ込んでくるんだもんな」

睨み付ける子どもに怯むことなくシライはからかう。子どもはさらに怒り、体を震わせた。

「シライ、そうからかってやるな。その考えなしがいたお陰で俺たちはこの部屋まで簡単に入ることが出来たんだからな」

シライを諫めるはずのツギリの言葉は、その小さな捕縛者の怒りをおおいに逆撫でする。
全身を逆立ててさらに戦慄いた子どもに気づき、サクは顔をひきつらせた。
そして、案の定――。

「いてっ!」

怒り狂ったその子どもは隙をみてシライの手に噛みついた。
くっきりと犬歯のあとが付き、血が滲んだ手を覆ったシライから、その子どもは軽やかに離れると、二人に向き直った。

「お前ら!聞いてれば散々馬鹿にしやがって!!しかも人の善意を踏みにじるなんざ、なんてやつらだっ!!」

怒り狂った子どもと、手を痛がって顔をしかめるシライを交互に見て、ツギリは呆れた顔をする。
それをシライは、「お前だってこの状況の一因だからな」と睨み反す。

「おい、そこのあんたっ!」

唐突に子どもに話しかけられたサクは瞬時に返事が出来なかった。

「おい!あんただよ!」
「っ!は、はい!」
「無事なんだな?こいつらになにかされなかったか?」

二人を威嚇したまま、子どもはサクの安否を確認する。サクはこの状況に怯んだまま、大きく頭を何度も縦にふった。

「無事なんだな?!あんたに何かあったとなればリーサル様に顔向けできねえんだ。傷ひとつついても困る」
「…リーサル様?」

サクは聞き慣れぬ新たな名を反芻する。

「リーサルってのはな、ここの親玉のことさ。意外にもこのガキみてえに血気盛んな奴等を纏めてるとは思えねえくらい、なかなか小綺麗な女なんだよ。しかもめっちゃいい体してんだよな〜」
「おまえっ!!リーサル様の名を気安く呼ぶなっ!しかもそんな厭らしい目で見るとは!――もう許せんっ!」

子どもは激しく怒鳴ると、何故か自分の手の甲に噛みついた。シライに傷を追わせた鋭い犬歯が皮膚に食い込むのが見える。
それを見て、シライが心底ヤバイというように顔を歪ませる。――後悔しても時すでに遅し、といったところだ。

子どもの手の甲に血が滲んだ時には、サクは“その後の変化”を茫然と眺めるしかなかった。


子どもの身に纏った服は体が膨張するのと共に引き裂かれ――。
細い手足はみるみると艶やかな濃紺の毛並みへと変化する。
幼い顔付きは狂暴な獣のそれへ。
犬歯はさらに伸び、鋭い刃へと――。

その姿はまさに――。

「オ、オオカミ…?」

サクは信じられぬその光景を茫然と眺めるしかなかった。しかし、この状況になってもなお、冷静な者が一人――。

「シライ、どうしてくれる。お前が面白がったせいで収拾がつかなくなった。責任もって大人しく体を差し出せ」

ツギリは、慌てふためいたシライの肩を小突いて抑揚のない声でそう促した。

「おいおいっ!馬鹿言うなよ。今度は腕噛みちぎられるわっ」





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