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全ての愛をあなたに 幸不二(焼き芋 様)HP
不二が京都に来るのは、中学2年の頃から1年ぶりだった。
1年前に京都へ行ったのは家族との旅行で、今回の旅行は、幸村と2人きりだった。
無事に青春高校と立海大付属高校への進学の決まった不二と幸村は、2月と3月は登校義務は無い。
お互い受験という学生最大の難所を越え、やっと自由な時間を得ることが出来たので不二の誕生日を一緒に過ごそう、と計画を立てていたのだ。
そこで、京都に親戚がいるらしく、幸村が唐突に京都へ行くことを提案してきたのだ。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」
美しい色合いの着物の上から白い割烹着を着た何人もの女中達に広すぎる玄関で出迎えられ、不二は固まった。
「ただいま。」
「・・・随分遅かったな。道草を食うなら連絡するべきだと、習わなかったのか?」
低く重みのある声で、女中達のちょうど真ん中に立っていた老人が、挨拶するよりも先にそう言った。
声の主の姿を確認するや否や幸村の顔つきが険しくなり、止めた手を動かし靴を脱いだ。
「雪で電車が遅れたんだ。仕方ないだろ」
「久しぶりに顔を見せたかと思えば、そんな口振りか。うちの小僧はいつになれば成長するんだか」
後に聞いた話によると、この老人こそが幸村の祖父だった。
口調こそ刺々しいが、真っ白の髪はくるくるとウェーブしており、口元にも上品な程度に白い髭が生えていて、見た感じは欧州の貴族のようだった。
顔の彫りは深く日本人離れした印象で、目元だけはどことなく幸村に似ていた。
「まあまあ、あなた、そんなこと言うもんじゃないよ。・・・あなたが不二君ね。いらっしゃい。」
またその横にいる白髪の女性が祖母らしく、祖母は祖父と比べると遥かに背は低く、硬そうな祖父とは対照的に穏やかな笑みを浮かべていた。
この人が口を開いた時には幸村は大分穏やかな表情になっていた。
「は、はい、お世話になります」
「こちらこそ精市がお世話になっているそうで。さ、寒かったでしょ、早くお上がり。」
「ただいま、婆さん。お邪魔になります。」
あえて祖母にしか挨拶をしない幸村を、白髪の老人は冷たく見遣った。
幸村がその視線に気づき座った目で睨み返すと、その場にそぐわない暖かな笑顔を浮かべた老婦人が、優しく老人の背を押し小さくお辞儀をした。
「お夕飯の時間になったら呼ぶから、それまでゆっくりなさい。私達は居間にいますから。」
「はい。」
「ああそうだ、精市、おこたつの部屋を暖めておいてあるから、そこへ不二くんを案内なさい。くれぐれも粗忽なことはなさらないでね。」
「分かってるよ、婆さん。ありがとう」
祖母によって用意された゛おこたつの部屋゛は、随分と前から用意されていたらしく、扉を開けると待っていたかのように暖気が頬を撫でた。
ここもまた広すぎる部屋で、装飾品で飾られた豪華な部屋の中心に時代錯誤なほどに立派な掘りこたつが構えているだけの、正真正銘こたつ専用の部屋のようだった。
「不二、何やってるの?早くおいでよ。あったかいよ」
「・・・・君の家は・・・どこかの将軍様の家系なの?」
「違うよ。あ、お茶どうぞ。」
「・・ありがとう。」
不二が漆塗りの茶碗に口をつけ、一息ついていると幸村がもぞもぞと動き出した。
「不二、寒くない?」
「ううん。ちょうど良いよ。どこか行くの?」
「ああ、ちょっと失礼するよ」
「・・・え?って、うわ、何やって・・!」
こたつから出た幸村は不二の横に腰を下ろし、ひょいと不二の茶碗を取りあげそれを机に置くと、こたつに足を入れた。
「俺はまだ寒いな・・・ねぇ不二、あっためてよ?」
「ちょっと、ゆき、う、っわあ!」
言うが早いか幸村は不二の肩を抱えて押し倒した。
湯飲みを取られてぽかんとしていた不二は抵抗することも無いままに倒され、幸村の横で頭を抱えてうずくまる。
「っ痛い!どうして君はいつもそう、気が早いの?」
「お茶より不二を味見したくて・・・いてっ」
反省のない幸村の頭を叩けば、ぽかっと良い音がした。
「馬鹿!あのお茶、すっごい美味しかったのに」
「あのお茶は多分、婆さんが淹れたんだ」
「そうなの?すごく上手なんだね。良いな、素敵なお婆さんだね。」
「俺も婆さんは本当に良い人だと思う。尊敬してる。・・・だからこそ、申し訳ないとも思う」
「・・・どうして?」
不二が幸村のほうへ体を向けると至近距離で幸村の、したり顔と目が合った。
「婆さんは、俺の子供を見るのを楽しみにしているから。」
「・・・ゆ、幸村、」
「その点は俺も同意しちゃうよ!だって、俺と不二の子供なんて絶対に可愛いに決まってるじゃないか!」
「・・・君って奴は・・・!」
「不二が生める体だったら、今すぐにでも子作りするのになー。残念。・・いって!」
またしても幸村の頭をぽかっと叩く。
幸村は目に涙を浮かべこれ見よがしに頭をさすっている。
「全く、このエロガキはあの素敵なおばあさんの遺伝子を受け継いでいるのかが疑えるよ!」
「あ、俺は親父似より爺さんに似てるってよく言われるよ。」
「・・・君の老後はあんなにハンサムにはならないだろうけどね」
先ほど玄関で見た、背の高い老紳士を思い出す。
腰が曲がっている様子は全く見えず、立ち姿からも衰えは伺えなかった。
若かりし頃のアランドロンを彷彿させる、彫刻のように整った顔立ちは、むしろ良く出来たマネキンに近く、造り物めいていた。
振る舞いも機敏で佇まいからは威圧感すら感じさせる。
美しく、強い意志を持っている、と一目で思わせるほどの人物であったが、しかし不二は、幸村にはああなって欲しくないと思った。
幸村には、あんなに刺々しく、冷たそうな人になって欲しくない。
出来るものなら、今のまま朗らかで優しい幸村のまま一緒に老いていきたい、不二はそう思った。
「・・・幸村は幸村らしく大人になってよ。」
「はは、確かに俺は爺さんほどは堅い人にはなれないかな。」
「でも、あんなに穏やかそうなお婆さんだったから、お祖父さんと結婚出来たのかな・・・」
「・・・・・言われてみれば、不二ってどことなく婆さんに似てるかもしれないな・・」
「僕の話聞いてた?」
「不二の方が綺麗だけど、なんか雰囲気は似てるな!うん、確かに似てる!」
「・・・・うーん、でも幸村はお爺さんには似てない気がする」
「そう?親戚の集まりでは、俺いつもキリッとしてるから身内には似てるって言われるよ。」
「顔は面影あるけどでも、・・・幸村はもっとなんか、柔らかい、と思う。」
「まあ、爺さんは冷たいからな・・でも、中身は似てるよ。ほら例えば、俺らは恋人は間違えてないし。」
「・・・せいぜい、僕がお爺さんになるときまでに僕に愛想尽かされないようにね?」
「何言ってるの、不二。」
すぐ隣で寝ていた幸村が不二の上に覆い被さり、手首を拘束した。
そのまま耳元へ唇を寄せ囁いた。
「何歳になっても、俺がお前のこと離すわけが無いだろ?」
「・・ふふ、それは楽しみだなあ」
不二が挑発するように幸村の目を覗き込み、笑う。
幸村は眉を落とし、しかし心底楽しそうに口角を上げる。
「・・・・・まったく、困った子だ・・」
啄むような触れるだけのキスをし、もっと深く唇を合わせようと顔を近づける。
「・・・幸村・・」
「・・・・・あ、不二。今日誕生日だよね?」
「・・・・え、まあ、そうだけど」
「プレゼントがあるんだ。」
「・・・?」
キスをしようと目を伏せた不二に、幸村は制止をかけるように口を開けた。
倒された体勢のまま少し不服そうな顔で首をかしげる不二の右手を掴み、幸村の胸元に引いた。
捕まえた手を左胸に当てると、幸村は目を細めてつぶやいた。
「・・分かる?この音。」
「分かるよ。すごく早いね。」
「不二といるから、こんなに慌ててるんだよ」
「ふふ。そんなに慌てなくても僕は逃げないよ?」
「ねえ不二・・・・この心臓を、君に贈るよ」
布越しに伝わる、温かくて力強い鼓動を右手で感じていた不二は、目を見開いた。
幸村は、不二の右手首を掴んでいた左手を離し不二の頬に手を添え、額にキスを落とす。
「ずっと、俺のそばにいて。」
ゆっくりと唇を重ね、馴染んだものになったそのぬくもりを求めながら、幸村が薄く瞼を開けると、つむられたミルクチョコレートの睫毛は僅かに震えていた。
その目じりから滴が溢れるのを見て、涙を拭って、幸村は静かに微笑んだ。
「・・・俺の元から逃げないでね。逃げるなら、せめて、俺の心臓だけは一緒に、ね。」
「ふふ、すごいものをもらっちゃった。」
「誕生日おめでとう、不二。」
「・・・ありがとう」
愛してる、そう囁いて、もう一度唇を重ねる。
互いの体温は、暖かくお互いの体内へ浸透していった。
不二は決して造り物ではないぬくもりを感じながら幸村の唇を啄んだ。
幸せな、二人の老後を想像しながら。
≪不二へのお祝いメッセージ≫
不二くん好きです。愛してます。来年も4年後も盛大に祝いたいです。生まれてくれてありがとう。本当に、君はかけがえのない存在です。愛してる。ってさっき幸村さんが言ってました
≪作品についてのコメント≫
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