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恋は候 愛は純潔 幸不二(天海夕奈 様)HP





「誕生日おめでとう。」

今日何度目かわからないそのフレーズ。4年に1度の誕生日ともなれば、様々な人が祝ってくれる。そしてそれぞれの人の思いがこもったその台詞に微笑みと『ありがとう』という言葉を返した。今言われたこのフレーズ以外は。
不二はその台詞を発した人物をフェンス越しに見据える。

「なんでキミが青学(ここ)にいるんだい。幸村。」

しかも練習中に。今日は平日だ。立海でも練習があって当たり前だ。ないわけがない。しかし当の幸村は微笑みを携えたまま不二に手を振っている。そんな様子をみて他の青学のメンバーが何とも思わない訳もない。なにせ立海の部長・神の子が来ているのだ。存在感があるその人物に殺気立つ人間だっているというのに。仕方なしに不二はコートから出て幸村の傍へと駆け寄った。

「誕生日おめでとう。あまりに直接伝えたくて学校が終わったらすぐに来てしまったよ。」

全く仕方がないな俺は、なんて皮肉にも笑うものだから不二はいっそのこと放っておいて練習に戻ろうかとも思ったが、戻ったところで幸村はここから離れないだろうから辞める事にした。

「あー…、うん。あのさ、練習は?」

「ないよ。今日は。」
「本当に?」
「本当。」
「………。」
「………?」

にこり、と微笑みながら小首を傾げてくる幸村にいっそ腹が立った。何を考えているのだろうかこの男は。

「練習ないなら僕のところになんか来ないでもっと有意義に時間を使ったらどうだい?」

「不二の為に時間を使う事が俺の望む有意義な時間の使い方なんだ。」

ああ言えばこういう。全部丸めこまれる。だからこそ不二は幸村にイラッとする事がある。せっかく自分におめでとうの言葉を伝えに来てくれたというのに冷たいかな、という自覚はある。自覚はあるが、どうも上手くいかないのだ。幸村の前だと。

「あの、さ。」

不二は幸村の顔を見る事が出来なかった。下を向いたまま幸村に言葉を向ける。「なんだい?」と幸村が聞いて沈黙が数秒流れる。その間の小風が妙に気になった。

「僕が言ったの覚えてる?キミを好きにはならないって。」

ギュッとグリップを握った。幸村は今どんな顔をしているだろうか。下を向いたままの不二にはわからない。沈黙が流れる。怖い、理由は分からないが不二は何故かそう思った。

「覚えてるよ。」

凛とした声が上から降ってきた。
「じゃあなん…っ…。」

問い詰めようとした時不二の言葉は止まった。そしてドクン、と心臓が跳ねる音が体中に響いて全ての神経が今目の前に居る人物へと向けられているような錯覚に陥った。ドクンドクンと煩く跳ね上がる心音が苦しい。不二の瞳には妖艶に微笑む幸村の顔が映っていた。

「不二が俺の事を恋愛感情として見れないのは知っている。」

ゆっくりと幸村の手が不二の頬へと伸びてくる。まるで大切な物を触るかのようにそっと触れる。冷たいその指先がひやりと不二の頬を冷やす。そしてまた速まる心音。

「じゃあなんでそんな不二は俺を拒まないんだい?不二なら簡単にこの手を払う事が出来るはずだ。今すぐこの場から離れる事が出来るはずだ。素直に俺が嫌いだと言えばいい。そうしたら俺は諦める。」

なんで?そんなこと聞かれても不二には答えなんか見つからない。ただぐるぐると単語だけが脳内を巡って、幸村の微笑みに囚われて目が離せない。そう、幸村の言う通りだ。嫌いだと言えば良い。たった三文字を口にすれば幸村は自分を諦めてくれる。こうやって練習を邪魔される事もない。「好きだ」と二度と言われる事もない。そう、二度とないのだ。

「………‥っ……。」

そっと幸村が不二の顔を上げさせた。その瞳には涙が溜まっていて。その雫が零れないように必死になって不二は眉をひそめていた。

「不謹慎だが、涙を堪える顔も綺麗だね、不二。」
「……最、…‥低‥…ッ…。」

重力に堪え切れなくなった雫がぽたりと落ちる。頬に道筋を作った雫は幸村の手を伝い地面にぽたりと落ちた。


「あぁ、俺は最低なんだ。」

そう言いながら幸村はまた微笑んだ。そして指先で不二の涙を優しく拭ってやる。言葉と比例しない行動をとりながら幸村はそっと不二から手を離した。

「そうそう、これ、誕生日プレゼントだ。」

ごそごそと鞄の中から取り出した小さな包み。不二はそれを素直に受け取ると幸村に確認して、中身を開けた。

「しおり…?」

中からは一枚のしおりが挟まれていた。白い用紙に紫色の花が押し花されたものだ。花は一輪のみでとてもシンプルだが、押し花にするにはどこか寂しいというか…ものたりなさを感じるなとも不二は感じた。

「その花はね、イカリソウと言って春咲く花なんだ。ちょっと薬とかでつかわれててあんま鉢植えとかにするような花ではない上にしおりでプレゼントにするような花とは思わないんだけどどうしても不二に渡したくてね。」

と幸村はしおりに挟んである花の話を始める。不二としては本を読むときに使えそうなので嬉しいといえば嬉しいプレゼントではあるのだが、あえて春に咲く花を季節が違う今押し花にしてしおりにしてくれるとは思っても見なくてその事実に驚くばかりだった。すると幸村がしおりを持っていた不二の手を取る。


「なんでだと思う?」

何事かと幸村の濃く深い藍の瞳を見上げた。ドクン、とまた音がなった。聞かれても困る。分る訳がない。普通プレゼントするようなものではない物をプレゼントされた理由なんて渡した本人しかわからないなのだろうから。すると幸村は不二の言葉がないのを確認して言葉を続けた。

「イカリソウの花言葉はね、」

そして掴まれていた手に力が込められる。痛みはない。けれど何故か耳障りな音が止まらなくて泣きたくなる。

「キミを離さない。あなたをつかまえる。」

ドクン、
苦しかった。その場から逃げだしてしまいたかった。幸村の手を振り払ってしまいたかった。けれど不二にはそれのどれも出来なかった。
「…ば、か‥じゃないの?僕がそんな事でキミに堕ちると思うの?」
「思うよ。」

やっと振り絞った声はしかし幸村によって直ぐに肯定されてしまう。不二は驚いて目を見開いた。そこにはやはり幸村の嫌になるほど美しい幸村の微笑みが映っていた。

「不二は俺を好きになるよ。絶対に。」


風が吹いた。その風は幸村の不二の髪を靡かせる。その風が妙にリアルに感じて、まるで時間が止まってしまったかのような自分の思考をなんとか動かしてくれようとしているように思えた。

「…僕、もう、練習戻るから……っ…。」

数秒の沈黙の後不二は幸村の手を解いてまた仲間たちが待つコートの方へ走って行った。ドクンドクンという心臓の音が耳鳴りのように響いてくる。いつもは感じないこの感情に戸惑う。苦しい。自分を落ち着かせようとベンチに座った。フェンスの外に視線を送ると先程までいた場所に幸村はもういなかった。

「不二ーーっ!ダブルスの練習だって!たまには俺と組もーー!」

すると遠くで菊丸がぶんぶんと手を振っていて、不二は普段の微笑みを浮かべると大きく手を振りながら菊丸の方へ駆け寄っていった。プレゼントされたしおりはそっとタオルの中に隠した。

「大石!今日はライバルだかんな!絶対負けないぞ!」
「はは、こりゃあ大変…。」

そんなやり取りをする二人を見て不二はまた微笑んだ。先程の感情などなかったかのように。








「………馬鹿みたいだな、俺も。」
そんな不二たちのやりとりを遠くで見つめながら幸村は青学のコートを背にして歩きだした。高鳴る心臓の音。ただプレゼントを渡しにきただけなのに、いらない事まで言ってしまった、いらない事までしてしまった。ただ不二の顔が見れれば良かったのに。見たら感情が抑えらえれなかった。自分の傍に置きたいと思ってしまった。

「不二…。」

愛しさは積もった。この想いがいつか届けばいいと思う。自信なんて全くない。希望もあるかもわからない。ただ、拒絶されていないこの状態に満足していればいいのにと、何度思っただろう。

「だけど、好きなんだよな…。」

つかまえられてしまったのは自分だというのに。囚われてしまったのは紛れもない、自分。
空を仰いだ。白々しいほど晴れた空は、どこまで続いているんだろうか。そんな事を考えながら幸村は岐路についた。





fin...


≪不二へのお祝いメッセージ≫
不二くんお誕生日おめでとうございます!久々の閏年お祝い出来て幸せです!

≪作品についてのコメント≫
幸不二が大好きなので幸不二でお祝いさせて頂きます。たまには両片想いで甘切ない幸不二も氷砂糖のようでいいかな、と。 



 


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