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Sweet Phone 塚不二(豊田紅葉 様)





つい100年程昔であれば、一般家庭に住まう庶民は他国へ渡航する事は困難であっただろう。
また、50年程昔でも渡航費用は一般家庭では賄う事は難しかったろう。そして、一般庶民が異国へ渡った者と頻繁に連絡を取るというのは、考えるまでもなく、容易ではなかっただろう。

「ただいま」

少年特有の、軽く澄んだ声と共に玄関の扉を開けた不二は、その声と同様の軽い足取りで家の中へと歩を進めた。

「おかえりなさい」

と、風貌と同じく柔らかい母の声に迎えられながら、不二は弾む足音を出しながら、自室へと向かった。自室の扉を開け、学生鞄を机の脇に置き、学生服のボタンに手を掛ける。不二の痩身を包んでいた黒い学生服は薄い水色のシャツに灰色のズボンという、シンプルながらも品の良いものへと変わっていた。
学生服をハンガーに吊し、一息吐こうかと思った所で、机の上に立て掛けてあった、パネル型の電話がメロディーを奏でた。
肩口に触れそうな栗色の髪を揺らしながら、不二は即座にその画面に指先で触れた。
黒く簡素なその機器だが、性能は精密で、指先一つで操作できる。
先程まで暗かった画面は、不二の白く細い指先が触れると、一瞬して明るくなった。

「やあ、こんばんは…いや、おはようかな、君の所は」

柿色に染まった空に徐々に紺色の割合が大きくなりつつある窓の外を眺めながら、不二は微笑んだ。

「ああ。そうだな」

電話の向こうであまり抑揚のない声音で応えたのは、日本から8000km以上離れたドイツに住んでいる手塚である。
手塚の方から電話を掛けてきたにも関わらず、眼鏡の奥の両目はひどく落ち着いているように見える。それでも不二は、嬉しそうに目を細める。

「これから練習?」

「ああ」

不二の問い掛けにも、手塚は簡素に応じた。しかし、不二の口角が下がる事はない。手塚と互いの状況を話ながら、不二は先刻考えていた事を再び思い浮かべていた。
もし自分が50年から100年程前の人間だったら、このような機器で手塚の顔を見るという事は不可能だっただろう。まだ四半世紀も生きてはいないが、不二はこの現状に感謝さえしていた。

「ねぇ」

不二は微笑みを浮かべたまま、手塚に語り掛けた。声音は甘く一途に手塚の耳へと届く。

「今度の休み、行っても良いかな?」

手塚の眼鏡の奥が揺れたか否かは、不二の微笑みだけが知っている。



END 


≪不二へのお祝いメッセージ≫

お誕生日おめでとう御座います!!
本誌やアニメでのご活躍も期待致します。
今年は素敵な年でありますように…!


≪作品についてのコメント≫

拙い物ですが、お祝いの気持ちは込めました。
素敵な1日の片隅に添えて下されば幸いです。







あきゅろす。
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