‐012‐
ガヤガヤ、ざわざわと低い声が波のように押し寄せ、タバコと酒のにおいが充満する。
そんな暗くて少し寂れた感じのする店『漏れ鍋』のカウンターに結悟は居た。
――あ゛−−…気持ち悪…
ホグズミードから飛行粉でこの店に来たのが数十分前。
ぐるぐる回ってぽいと投げ出された先がこんなにおいでは気分が悪くなるなという方が無理である。
「坊ちゃん、大丈夫かい?」
禿げの老人、バーテンであるトムの問いかけに、結悟が力無く頷いた時。ドアが開いて、誰かが入って来た。その途端に止まる声の波。
――やっと来た…。
視線だけ入り口にやった結悟は、そこに居る凸凹二人組に思わず苦笑が漏れた。
魔法学校隠密乱入記 ‐012‐
「大将、いつものかい?」
そう言ってトムがグラスに手を伸ばしながら、入って来た二人のうち大柄、というかむしろ巨大な方の男に話し掛ける。
「トム、だめなんだ。ホグワーツの仕事中でね。」
そう言いつつ男、ハグリッドは傍らにいる少年の肩を叩く。ハグリッドと比べずとも小柄なその少年はハグリッドの叩く力に押されて少々前へつんのめってしまっている。
「なんと、こちらが…いやこの方が…」
その少年が誰なのか、思い当たったのだろう。トムは少年をじっと見る。いつの間にか店内の声はひとつとして聞こえなくなっていた。
「やれうれしや!」
そんな中では、囁くようなトムの声でさえ大きく響いた。
「ハリー・ポッター…何たる光栄…」
カウンターから出て少年、ハリー・ポッターその人に駆け寄ると、トムは目に涙を浮かべその手をとった。
「お帰りなさい。ポッターさん。本当にようこそお帰りで。」
その言葉を皮切りに、今の今まで唖然呆然としていた客たちが一斉に立ち上がりハリーの周りに群がり始める。
皆口々にハリーとの邂逅を祝い、祝福を述べる。数に圧倒され彼はなされるがままに次々と握手をしていく。
――お気の毒…。
そんなハリーの引きつった顔を見て、結悟は心の中でひそかに合掌した。
ハリー・ポッターとの感動の握手会はそれから十数分続き、いい加減割り込んでやろうかと結悟が思い始めた頃、ハグリッドの声が響いた。
「もう行かんと…買い物がごまんとあるぞ。ハリー、おいで。」
――え、ちょ、
そのまま行ってしまうような雰囲気に、結悟は焦る。
――まさか聞いて無いとかないよね?
急いでカウンターから離れ、ハグリッドに近づく。
「まったく、それにしたってユイゴはどこに…おお、そこにおったか!!」
「最初っから居たけど。アルバスさんから何も聞いていないんじゃないかと思って焦ったよ…。」
「そうかそうか、そりゃすまんかったな。」
まったく悪びれた様子もなく言ってのけるハグリッドに、溜め息。
「…もういい。行こう。」
そう言う結悟に頷いて、ハグリッドは歩き出す。その後に結悟と状況がまだ呑み込めていないハリーが続いた。
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