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間違った気合の入れ方


「いいか、何度も言うぞ」
 と、姫は深い溜め息をついて、隣に立つ王子を睨んだ。
「これは劇だ。作り話だ。フィクションだ」
「分かってますよ。それでも嬉しいんです。先輩とこうして愛を紡げるなんて」
「……全然分かってない」
 どこまでも爽やかな王子に、姫は泣きそうに呟いた。



 4月にたった一人の男子部員が入部した。ノドから手が出るほどほしかった新入部員が、たった一人だけ。
「部員3人? それじゃあ同好会に格下げだ」
「それは困る!」
 無慈悲にも言ってのけた生徒会長の言葉を遮って、アヤが机を叩いた。
 ちらりと視線を向けただけの生徒会長は、
「生徒手帳にも書いてあるだろう。部として正式に認められるのは、部員5人以上が必須条件だ」
「だけど!」
「演劇部はそれまでの実績があるから、部員が集まったらすぐにでも部に戻してやるよ」
「しかし!」
「ところで、3人で劇って出来るのか?」
 それまでの部室を追い出され、階段下の狭い倉庫に移ることになってしまった。がっくりと肩を落としたアヤに、ヨウは苦笑して新入部員を見た。
「ごめんね、入ってきた途端にごたごたで」
「いえ」
「去年の3年生が10人くらいいて、それで何とか保っていたものだから」
「そうなんですか」
「……お前さ」
 それまで黙っていたアヤがゆっくりと顔を上げる。
 端正な顔立ちから入部当初より裏方よりも舞台に立たせることが多かったアヤだ。演技とはまた違う、どこか淋しそうな雰囲気をまとった睨みを新入生に向けた。
「辞める、なんて言うなよ」
「アヤ」
「いいか、絶対に言うなよ」
 それは個人の自由というもので、僕らに束縛する権利はないわけで、彼が愛想尽かせて退部したとしてもそれがそれで仕方がないっていうか。
 慌ててフォローに回ろうとしたヨウが口を開いたが、それより先に断固たる口調で新入生は言った。
「アヤ先輩がそう言うなら、絶対に辞めません」

 ――思えばあのとき、気付くべきだったんだろうなぁ。
 文化祭で網膜に焼きつくほどのライトを浴びつつ、それはもう舌が疲れるほどの長台詞をこなして思った。
 普段は裏方専門のヨウも、さすがに今回だけは舞台役者だ。
 演技に自信はないが、覚えることだけは誰よりも得意としている。徳川15代将軍の名前だったり、古文だったり、数学の公式だったり――その代わり、応用はまったく出来ないけど。
 だから、惑うことなくスラスラと台詞は言えた。
「あぁ、神はむごい」
 両手を大きく上げて仰いだ。何度も何度も頼み込んで、照明の手伝いをしてくれている友人を見上げる。体育館の2階ギャラリーに立つ彼は、大きく頷いて照明室に消えた。
「これも運命だというのならば甘んじて受けよう。しかし、これはむごい」
 ゆっくりと消え行く照明の中で、観客の顔も見えなくなる。
「どうして神は2人を引き合わせたのか――私には分からぬ」
 ふっと、照明が落とされ体育館が闇に包まれる。
 深く一礼をして、ヨウは足音を立てぬように、しかし小走りに幕へと体を滑らせた。
「お疲れ様です」
 王子の姿をした新入部員――ジュンがにっこりと微笑む。
「次、がんば」
「任せてください」
 暗闇でもはっきりと分かるほどに晴れやかな笑みを浮かべるジュンだが、その隣では一際深く落ち込み暗くなっている男がいる。
「アヤ」
「……分かってるよ」
 音楽がかかる。軽やかな明るいワルツ。
 照明がやがてステージを照らす。
 ジュンが足を踏み出すが、アヤは俯いたまま動こうとしなかった。
「アヤ」
 そんなに嫌か。まぁ嫌だろうな。
 生徒のみならず親までも見に来る文化祭で、確かに嫌だろうな。
 役者が少ないとはいえ、女子部員がいないとはいえ、そりゃあ男として不本意だろうよ。
 けど、仕方ないんだよ。
 ――幕はとっくに上がってるんだよ。
「アヤ先輩」
 客席が騒がしくなり始めた。
 これ以上待たせるわけにはいかないんだ。
 不安げな表情のジュンが、肘まである長い白手袋をしたアヤの手を取る。
「行きましょう」
 視線を持ち上げたアヤは、ひどくゆっくりと頷いた。
 ほっと胸を撫で下ろすヨウに、ジュンがアヤの手を引きながらほほえみかける。

「それじゃあ、『お姫様』と舞踏会に行ってきます」

 アヤの形相が、不安げなお姫様のそれから般若に変わった。
 ――このバカ。
「あぁ、あなたはどうしてそんなに美しいんだ」
「知らねぇよ!」
「そんなつれないこと言わないでおくれ」
 頭を抱えたヨウの脇を颯爽と駆け抜けて舞台に立った2人が口火を切る。
 二言目からアドリブ合戦はキツイだろう。
 いかにも王子様な衣装と、1時間もかけたメイクのおかげで可愛い女の子になった姫が舞台の真ん中でケンカをし始めた。
 本来ならば、
「どうかこの手を離してください」
「誰が離すものか」
 と甘くて昼ドラみたいなどろどろの展開になるはずだったのに。
「離せって言ってんだろ!」
「嫌です、死んでも離しません」
 あれほど『姫』は禁句だといったのに。こうなることは目に見えていたのに。

「さぁ、誓いのキスを」
「しねぇっつってんだろうが!」
「しかし、それなしに幕は下りないよ。それじゃあ百歩譲って愛の言葉を」
「ねぇよ!」

 切ない悲恋物語から大きく趣旨を外し、ラブコメディーへと変わり果てた劇は、しかし2人ともさすがというか、予定通り20分きっかりで幕を下ろした。

 まぁ、観客も満足していたようだし、おかげで演劇部に入りたいっていう生徒が殺到したし、良かったんじゃないかな――なんて言ったらアヤに殴られそうなものだけど。

 終わりよければ全てよし、ということで。



END.

「あのね、先輩。」企画投稿



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