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短編3
召喚術
 指先。
 桜色の爪がついたそれが、五本。
 細い指。それぞれに関節が二か所。一本だけ一か所。
 薄い手の甲。その裏の掌。
 くびれる手首。すらりとした腕――肘、二の腕。
 肩。細首。
 ちいさな顔。その中の唇。鼻と瞼。
 髪が揺れて、乱れて、肌を隠す。
 瞼が――開いた。
 深い黒の瞳。闇に惹き込まれるように、その瞳に視線が吸い込まれる。
 唇が揺れる。
 笑った。
「ね。喚んだのは、あなた?」

 それを喚んだのは、確かに、僕だ。

 僕の足元で重い音がした。
 手にしていた本が、魔道書が床に落ちた音。
 僕はその音で我にかえり、現状を認識するために刹那の時を要し、それからそれへと手を差し伸べた。
 床一面の魔方陣。
 何日もかけて、線の一本一本に力を、僕のすべてを込めて描いた魔方陣。
 その中央。その集大成。笑う女。
 僕が喚んだもの。
「そう、君を喚んだのは僕だ」
 するとそれは、目を細めて探るように、値踏みをするように僕の上で視線を動かす。
 頭のてっぺんから足の先まで、そして心の奥までをも見透かすように。
「ふぅん」
 それの眼鏡に僕は適ったのか、適わなかったのか。
 分からなかったけれど、それは笑みを崩さなかった。
 楽しそうに笑っているわけではない。
 可笑しいから笑っているわけでもない。
 その奥に隠された感情は、僕にはわからない。すべてを覆い隠す笑み。
「まあ、良いわ。わたしを喚べたということは、それなりってことでしょう。喚ばれたからにはちゃんとお願い聞いてあげるわ。その力に見合うだけの、ね」
 細腕が揺れる。揺らされる。
 こちらへおいで、と、誘うように。
 僕はふらりと足を踏み出し、その手の可動範囲まで移動した。
 膝を折る。
 その手が僕の頬へ触れた。
 指先が、僕の頬を撫でる。
 少し、体温が低いようで、ひやりとした。
「あなたの喚んだわたしの、このからだで出来ることなら何でもしてあげる。それが契約だからね。それ以上を望むなら、まともにわたしを喚び出してご覧なさい」
 魔法陣を描いた床から、頭と肩と、片腕だけを生やした女。
 僕が喚んだのは、女のそれだけ。
 僕が喚べたのは、女のそれだけ。
 女のすべてを喚ぶことはおろか、半身でさえ喚べない。
 そんな僕が、すべてを喚ぶためには――。

 ――警鐘が、鳴った気がした。

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あきゅろす。
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