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短編3
夏到来、迷走しはじめました



 それは、いきなりだった。
 いきなり、教室中に音が響き渡った。
 その音に驚いて、教室は一気に静まりかえる。そして、当然のごとく視線はそこに集まった。自然と、吸い込まれるように。
 音の発生源へ。教室の前、教卓のさらに向こう。黒板に片手をついて、少しうつむいてそこに立つ少年へ。
 少年は、一般的な普通の少年だ。今日初めて顔を合わせたわけでもなく、四分の一年ほど前にはこの教室内にいる全員と顔を合わせている。
 というよりもこの教室には、この少年と週五で顔を合わせて同じ教室で勉強している奴しか存在しない。たまに体育館とか校庭で体育の授業を受けたり、人によっては放課後につるんだり、部活動で汗やその他いろいろなものを流したり。
 少年は、いわゆるクラスの一員。もちろん、全員が彼の名前を知っている。顔も知っている。年は二分の一の確率であてられる。
 そして、今現在この時間、たまたま他のクラスからの来訪者はいないし、どこかに行っているクラスメイトもいなかった。珍しいことに。
 黒板を叩くという行動でクラス中の注目を集めた少年は、うつむいていた顔を上げた。目が、動く。その視線で教室の端から端を見回して、そして、にかっと笑った。クラス中から集めている視線の中には好意的ではないものも多分に混ざっているというのに、何が嬉しいのやら。
 黒板についていた手を握り締め、腕を振り上げて、叫ぶ。まるで、宣言するかのように。
 そして、その言葉は。
「おい、野郎ども! 来たぜ、夏だ!」
 ――夏がやって来た。
 BGMは壁を隔てた向こうの喧騒と、窓から聞こえる蝉の声。


 そして。
 いつの間にか黒板を叩いた少年は教室の隅で丸くなっていた。いわゆる体育座りで背中を丸めて床にのの字を書いている。別の少年がその肩を叩いたり、溜め息まじりに声をかけたりしていた。
 馬鹿だなあ。何いきなりアホなことやってんの? まあ、それがお前だけど。かすかにそんな言葉が聞き取れる。たしかに馬鹿な行為でアホな行動だ。黒板叩いて野郎ども夏だだなんて、小学生でもやらないだろう。つまり彼は小学生以下か。
 けれど彼のその行動で、クラスの話題はそちらに向いた。つまり、夏という話題に。もう夏だね。暑いよ、何で教室にクーラーないの? だって学校だもん、仕方がないよ。少女たちはそう話しながらぱたぱたと下敷きやノートで自らに風を送っている。
 だりー。暑いー。でももうすぐ夏休みだよ。いや、その前に恐怖の五日間が待ってるぞ! 言うな、そんなこと! ……ああ、そういえばもうすぐテストだな。言うなー、言葉にするなー、忘れさせろー。
 なら楽しいこと考えようよ。テストなんてすっとばしてさ。ね、夏休み何するの? いや、俺はふつーにばーちゃん家行って海水浴? 海! いいねえ、行きたい。いや、海より山だろ。夏と言えばキャンプと相場は決まっている! 馬鹿? アホ? 決まってるのはお前の頭ん中でだけな。夏ってったらねえ、やっぱクーラーのきいた部屋でアイス食べんのが醍醐味でしょ。は? 何でいちいち寒いところでアイスなんだよ。アイスは炎天下で食べてこそのうまさだろ。いやいやいや、外は暑いのに涼しい中で食べるアイスは格別よ? この上なく贅沢!
 クラスメイトたちの会話は、ころころと坂道を転がる石のように転がって行く。いつだってそう。とりとめのない会話は、どこに辿り着くかなんてその時次第。
 ころころ、ころころ。会話ははずんで、転んで、とんで。着地した。
 やがて、黒板には、でかでかとこう書かれる。

 夏だ、海だ、鍋パーティー!
 第一回暑い時に熱いものを食べようぜ大会

 いつの間にか復活した少年を中心に、なぜかみんなノリノリだ。ある者は手帳を出して、ある者は何も見ずに。既に日時まで決まっている。
 七月の終わり、夏休みの入りたて。お盆には遠く、帰省する人のまだいない時期。
 場所は近くの、学校からバス一本で行ける海水浴場。現地集合。時間は昼前。持ち物は食材から鍋から炭まで、適当に割り振られている。もちろんクラス全員参加前提で、全員の名前が書かれていた。よく探すと、二か所三か所に書いてある名前もある。黒板の仕返しか、彼の名前は五つもあった。いつの間に。
 騒がしく、時間は過ぎて行く。きっと、チャイムが鳴って教師が姿を現すまで。


 そして教室内の喧騒にとはうらはらに、目を向けた窓の外の空はいやに青い。夏の青。透き通るような、白い雲の浮かぶ青空。
 僕は青い空に、溜息をついた。
 風を入れるために開けられた窓から、蝉の声が聞こえてくる。うるさいくらいに。

 夏到来、迷走しはじめました。

 だって暑いからね。みんな、どうにかなっちゃうよ。

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あきゅろす。
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