[携帯モード] [URL送信]

※ただし、美人に限る
初恋は甘さ控えめ
松伏伊澄の初恋は、3歳だった。
同じ幼稚部にいた天使と見粉う美しい彼に、一目惚れしたのである。

雛森誠司

それが伊澄の初恋の君の名前だ。



松伏伊澄の言い分


どこを見ても、誠司より美しい人間はいなかった。
伊澄は誠司の周りの人間を蹴散らし、いつも傍にいる事を心掛け、美しい彼に相応しい人間である様に全ての努力を怠らなかった。
そんな麗しく幼い日々は、事もあろうに誠司自身によって黒く塗り潰されていく。
緩やかに迎える第一次性徴、あんなにも美しく可憐だった少年は驚愕の変貌を遂げていった。大好きな甘いものとスナック菓子を際無く食べ続け、成れの果てが全校生徒から嘲笑の対象にされる程の体型と面皰面。
瞼にも肉がついたせいで一重に、頬はふっくらを通り越してパンパン、鼻は…これもまた肉がついたせいで大きく変化してしまった。
伊澄が一目惚れした天使の面影は、どこにもない。
見ていられずに、擦り寄ってくる他の人間に逃げた。気付いたら自分の性格も随分ひん曲がってしまっていたらしい。
それもこれも、誠司のせいだと、思わなければやってられなかった。
優等生の真似事も、他人と調和を取ることも容易く出来たのに、誠司の扱いには困って。
それでも切り捨てる事が出来ずに悶々とした日々を過ごして、伊澄は人生で最も後悔する日を迎えたのである。

「不細工でデブホモなんて、生きてて楽しい?」

真っ赤な顔で伊澄に好きだと言った目の前の人物と、初恋の君が重ならなかった。幼い頃、美しく成長した誠司に愛を囁く自分の姿を夢見た伊澄には、ここが限界だったのだ。
耐え難い。あまりの苛立ちに、放った言葉は意識せずとも悪意の塊みたいな酷い暴言。
さらにその最悪な告白劇は誰かに目撃されていたらしく、誠司は当時から多かった伊澄の取り巻きの虐めと中傷に晒され続け、そして姿を消した。

「…で、初恋の君はお雛様となって姿を変え、G組の悪ガキ共に寵愛されながら幸せに暮らしましたとさ、めでた」
「くねぇだろ!」

胸糞悪くなって、伊澄は寮の同室者でもある親友の後頭部を思いっきり叩いた。
ガツン、と結構いい音がした。その拍子に跳ねた味噌汁が親友のワイシャツに飛んだが見ない振りをする。
「って…お前、結構不幸だね」
「………」
「お雛様、美人だもんなあ…そりゃあんな野郎臭いGに行ったら大事にされるよ、今年の人気ナンバーワンだし…保護者兼同室者が柏崎じゃ誰も手は出せないだろうけど」
「………」
「いっつも四強にベタベタに甘やかされてるもんなあ…ありゃお前の事なんてどうでもっ…っつて!!」
臑を思いっ切り蹴ったので暫く話せないだろう。ヒクつく口許と眉間を精一杯抑え込んで伊澄は食事を再開した。
「まあいいじゃん!チューはしたんだし」
「そのまま食ってやろうとしたら、あいつらに邪魔されたんだよ」
思い出すだけで腑が煮えくり返りそうだった。
もうひとつふたつぐらい八つ当たりをさせて貰おうかと親友の額を掌で掴んで力を込めたら、食堂がざわついて伊澄は振り返った。
「あ…アイアンクロー…セーフ」
「……」
思った通り、食堂に入ってきたのはG組の面々だ。


「お雛、今日は何食べる?」
「山菜蕎麦と煮物」
「またそんな…」
「カロリー足りてねぇだろ、肉食え」
「やだー」
「雛、今日特濃プリンあるよ」
「それ1ヶ月に一回しか食べられないの」
「雛ルールでしょそれ」

目立つ4人に囲まれながらあれこれと世話を焼かれ笑顔の初恋の君は、あの頃夢見た美しい人と重なる。
その隣にいるのが自分ではないのが、どうしても許せない。誠司の手を引く柏崎を睨み付けると、それ以上に強い視線が返ってきて伊澄は思わず舌を打った。

「いつか取り返す」
「……………元々お前のものじゃないじゃん。あと会長も狙ってるらしいから頑張れよ」
「………会長…」

頭痛がして箸をおく。
敵がいちいち凶悪過ぎる。
とりあえず、今一番苛立ちをぶつけたいのは、あの日の自分だった。


頑張れ、松伏伊澄。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!