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A lot of today
7.


一緒に花火をする約束をした4日後、病院から外出の許可を貰えたという三橋がオレの家にやって来た。

オレの家の前に横付けされたボルボから出てきた三橋は、当たり前だけどいつものパジャマ姿ではなくTシャツにジーンズという私服姿だった。とてもシンプルな私服だったけど、初めて見るパジャマ以外の三橋の姿にオレは一瞬言葉が出なかった。三橋も緊張しているのか、少し顔を赤くさせたまま何も言わなかった。

「阿倍く〜ん、今日はよろしくねー」

運転席から出てきた三橋のおばさんの明るい声に、オレは弾かれたように我に返った。

「あ、ああ、はい」

どもりながらもなんとか返事をする。

「廉〜、何ボーっと突っ立ってんの?阿倍くんによろしくでしょ」

「あ、う、うん、よ、よろしく、です」

「あ、いや、こちらこそ…」

微妙な空気をかもし出しているオレ達を見て、おばさんはブッと吹き出した。それと同時にオレの背後から玄関の開く音がしてオレの母さんが顔を出した。

「こんにちは〜、初めまして〜。いつも隆也がお世話になってます〜!」

「初めまして、三橋です〜!こちらこそ阿倍くんにはお世話になりっぱなしで…」

そんなおばさん特有の挨拶をBGMにしながら、オレは三橋の姿をまじまじと見た。

パジャマじゃない所為かいつもより顔色が良く見えた。体が弱いなんて思えない。とても健康そうでなんだか眩しい。

「じゃあ廉、お母さん9時位に迎えに来るからね!」

ポンッと三橋の肩を叩いて、おばさんはボルボに乗って走り去ってしまった。

「9時って…ちょっと遅くね?病院大丈夫なんかよ?」

オレが声をかけるとボルボが走り去った方向を見ていた三橋は、ちょっとビクッとしながらこっちを見た。

「あ、き、今日はウチに、帰る、から…」

最初三橋はオレの家に初めて来る所為で緊張していたみたいだったが、今はオレの様子がいつもと違うのを察知して更に緊張している様だった。

「あ〜、そうなんか。久しぶりに家に帰れんだ。よかったじゃん!」

三橋の緊張をほぐさせようと思って、ワザと明るめの声を出した。でも最初の「あ〜」の声が裏返って、返ってヘンな空気になった。

うん、と紅茶色の瞳をキョロキョロさせながら三橋は答えた。

もしかしたら三橋はオレの態度がいつもと違うのは、自分がなんかした所為だと思ってるかもしれない。

違う、違うんだ。オレはいつもと違うカンジのお前に見とれて…。

そこまで考えてオレは顔がカッと赤くなるのを感じた。

ちょっ、見とれるって何だよ。男が男に見とれるってありえねーだろ!

焦って思考をグルグルさせていると後ろから母さんの声がした。

「ちょっとタカ!いつまでそこにいんの?三橋くんに失礼でしょ。早く上がってもらいなさい!」

いつもならちょっとウザく感じる母さんの声が、この時は天の声に思えた。




三橋が家に来た頃外はまだ明るかったので、夕飯の後に花火をする事にした。夕飯までの間オレの部屋で時間を潰そうかと思ったけど、なんとなく2人になるのが怖くてリビングに三橋を通した。

シュンも交えてゲームなんかしながら夕飯まで過ごした。人懐っこいシュンはすぐに三橋と打ち解けた。それにありがたく思いながらも、ちょっとイラッとしている自分に気付いて訳が解らなくなった。

夕飯では意外にも三橋は大食いだった。茶碗にいっぱい入ったメシを3杯もおかわりをして、ハンバーグも3つ食った。病院ではかなり残していたので、病院食ってマズいんだろうな…と思いながら三橋の横顔を見ていた。




「う、うおっ!」

素っ頓狂な声を三橋が上げた。ドラゴンなんとかいう名前の付いた花火が、バチバチいいながら火花を上げる。それを三橋は瞳をキラキラさせて見ていた。

「三橋さん!次これやろうよ!」

「う、うん、いい、よ!」

シュンがさっきとは違う種類の花火を持って三橋に話しかける。三橋が嬉しそうなのは見ていてオレも嬉しかった。でもシュンが三橋にやけに馴れ馴れしいのがやたらとムカつく。イラ立ち紛れに花火の入った袋をゴソゴソと掻き回しているとネズミ花火が目に付いた。三橋には買わないって言ったけど冗談半分で1個だけ買ったんだった。

袋を破いてひとつだけ取り出し火を付けて誰もいない方向に投げた。

シュルシュルと火花を散らしながら回るそれは、確実に三橋のいる方へと進み半泣きで逃げ回る三橋の足元でパァンと弾けた。




「オレも行く〜!」

「ウッセエ!お前はウチにいろっ!」

ギャーギャー叫ぶシュンを置き去りにして、オレは家を出た。三橋はシュンが気になりながらもオレの後に付いて出て来た。

花火の後おばさんが迎えに来るまでにまだ少し時間があったので、コンビニにアイスを買いに行く事にした。シュンも絶対行きたがるだろうから、シュンがトイレに行ってる隙にとっとと出ようとしたのに運悪くバレた。ギャーギャー駄々をこねられるぐらいなら連れて行った方がいいんだろうけど、これ以上三橋に懐かれるのはもうカンベンしてほしかった。

「シ、シュンくん、かわいそう、だよ」

オレの後ろからのか細く、でも少し責めるような三橋の声がした。

「いーんだよ。アイツうるせーし、ウゼーし」

「……」

「何?まだ怒ってんの?」

ネズミ花火が弾けた後、三橋は半泣きになって「ウソツキ」と言って怒った。オレはちゃんと謝ったんだけど、しばらく三橋はへそを曲げたままだった。

「怒って、ない」

その口調、明らかに怒ってんだろと思いながらオレは振り返った。

街灯の下、薄暗い光の中で佇む三橋は怒っているのではなく、とてもとても悲しそうな顔をしていた。

「……!」

オレは馬鹿だ。
ついこの間優しい人間に、思いやりのある人間になると思った所なのに。

久しぶりに病院から出られる今日の事を、三橋はきっと凄く楽しみにしていたはずだ。それはオレだって同じで。なのにくだらねー事でイライラして台無しにしてしまった。

オレはゆっくり三橋の傍に寄った。

「…ゴメン」

突然のオレの謝罪に三橋は驚いたようだった。

「今日オレ態度悪かったよな。でもお前のせーなんかじゃねーから」

「で、でも、阿部くん、最初から、ちょっと、ヘン、だった」

三橋は言葉を選びながら、ゆっくりと自分の気持ちを吐き出した。

「あー、えーっとそれはー…、なんか今日緊張してて…」

そこまで言うと三橋は瞳を一回り大きくして、更に驚いた顔をした。

「阿部くんが、キン、チョウ?」

「ああ」

「な、んで?」

「なんでって…」

「オレも、緊張してた、けど、それは当たり前で、阿部くんが、緊張すんのは、なんか、ヘン、だ」

「ヘンじゃねーよ」

「…なんで?」

不思議そうに三橋はオレを見る。

……なんでだ?
なんで緊張した?
えーっと、病院以外で会うのが初めてだったからと、三橋の私服姿に見とれて…ってそんなん言えるか!

返事に困ってオレは三橋の手をガッと掴んだ。

「そんなん、どーでもいいじゃんか」

「へ?」

「早く行こーぜ、おばさん迎えに来ちまう」

目を白黒させている三橋をグイッと引っ張り、オレは歩き出した。

薄暗い路地をずんずんと歩く。三橋はオレの手を振り解く訳でもなく、ただ黙って引っ張られるがままになっていた。

繋いだ手がやけに熱い。ドクドクといつもより早く打つ脈の音が、三橋に感じられてしまいそうでハラハラした。だけどどうしてもこの手を離す事は出来そうになかった。

「シュンくん、かわいー、ね」

少し重苦しくなっていた沈黙を破ったのは三橋だった。

「ああ?かわいくねーよ、あんなヤツ」

「かわ、いいよ。オレ、ひとりっ子だから、弟って、いいなって、思ったよ」

「弟なんてうるさいだけだぜ」

「えと、シュンくんは、阿部くんに、スゴく似てる、ね」

「は?そうか?」

「だから、余計に弟って、いいなっ、て」

「…?」

それは何か?オレ似の弟なら欲しい、って事か?
……違うか。
でもそうなら嬉しいかも。

「やっぱりシュンくん、連れて、来て、あげたら、よかったのに」

「いーんだよ」

「で、も、」

「オレは、お前と、2人だけで、行きたかったんだよ!」

シュンシュンとうるさいので、少し強めの口調でそうはっきりと言ってやり、オレは三橋の顔を見た。

ポカンとしていた三橋はオレと目が合った途端、カカカッと顔を赤くした。

その顔を見たオレは勇気を出してゆっくり言った。

「もうちょっとだけ、手ェ繋いでていいか?」

「え?」

「あそこの角曲がったらコンビニのある大通りに出るから、それまで…いいか?」

三橋はちょっと間を置いて、ますます真っ赤になった顔でコクンと頷いた。

オレは三橋の手をギュッと強く握り直し、薄暗い路地をまた歩き始めた。繋いだ手からいつもより熱い三橋の手の温もりを感じて、オレはなんだか泣きたくなった。

いつまでもコンビニなんかに着かなくていい。

ずっとずっとこのまま歩いていたい。

何故だか手を離したら三橋がどっか行っちまいそうな気がして、オレは強くそう思った。




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あきゅろす。
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