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A lot of today
5.


「30分だけね」

三橋のおばさんはそう言うと笑った。

部活が休みになった1日目の朝、オレは面会時間になると同時に病院へ駆け込んだ。あまりにも張り切ってやって来たオレを見て、おばさんはくすりと笑いオレと三橋を送り出してくれた。

なるべく日陰の場所を探してキャッチボールを始める。久しぶりのグローブの感触に三橋の口元が緩んだ。

「ほい、ボール!」

オレが投げたボールを受け取った三橋は、ちょっと戸惑ったような顔をする。

「ボールがどうかした〜?」

「あ、こ、これ硬球なんだね!」

ん?ひょっとして…。

「三橋硬球初めてー?」

「う、うん!」

あ〜、オレ自分に合わせてボール持って来ちまった…。

「ゴメン!でもそんな軟球と変わんねぇよ!家の庭でやってるみたいに的だと思って投げてみ?」

安心させるつもりでそう言ったのに、三橋はますますヘンな顔をした。グローブの中のボールを握りしめたまま投げようとしない。オレは三橋に駆け寄った。

「何?やっぱ投げにくい?」

「ちっ、ちがくてっ」

「?」

紅茶の瞳をキョトキョトと泳がせながら三橋は言った。

「阿部くんは、的じゃない、から」

「!」

ドキンとした。

昔、捕手なんて的だと言われた事を思い出した。言われた時は傷付いた。でも別にそれをいつまでも引き摺っていた訳じゃない。今だってそんな事はまるで頭になかった。三橋だってそんな事知らない。

だけどオレは三橋の言葉に救われた気がした。

黙り込んでいるオレに三橋が不思議そうにおずおずと話しかける。

「あ、阿部くん?」

「あ、ゴメンゴメン。とにかくさ、いつも通りに投げろよ、な」

オレは出来るだけ平静を装って三橋から離れた。ちょっとだけ目の前が滲んでいて、オレは気付かれないように目を拭った。

2、3度三橋のボールを取ってみると、三橋はかなりコントロールがいい事が解った。最初はオレも立っていて、ほんのお遊び程度のキャッチボールのつもりだったのに、本格的に三橋に投げさせたくなってきた。

オレは三橋に再び駆け寄った。

「なぁ、三橋」

「な、何?」

「もっとちゃんと投げてみねぇ?」

「う、オ、オレ、投げてるよ!」

どうやら三橋はふざけて投げるなとオレが言ったように取ったらしい。

「いやいや、そうじゃなくて、えーと…バッテリーみたいに」

「バッテリー…?」

「そうそう。それにお前ピッチャーやった事あんじゃねーの?」

「あ、小学生の時、遊びで…」

「よし!じゃあサイン決めてやってみようぜ」

「やる!」

ふんっと鼻息が聞こえそうなくらいに力んで返事をした三橋を見て胸が弾んだ。いつもは青白い頬も今はほんのり赤みをさして健康そうに見える。

簡単なサインを何個か決めてまたキャッチボールを再開した。

オレは三橋の投げる球をキャッチして興奮した。サイン通りに少しも乱れる事なく、オレのミットに飛び込んでくる球。早くはないけど、オレが望む場所へと的確に投げ込まれる。

見つけた!

オレはそう思った。

夢中になってキャッチボールを続けていると、尻ポケットに入れていた携帯のアラームがなった。30分経ってしまったのだ。

オレは名残惜しく思いながらもキャッチボールを終了させた。三橋はまだ投げたそうだったけど、おばさんの言いつけを守らないと次はもうないかもしれないと言い聞かせ、グローブを受け取った。

病院の売店でラムネを買って(ここのラムネはガラス瓶だったんだ)、芝生に座って飲んだ。

オレはさっきから言いたくて仕方のなかった事を口にした。

「なぁ、お前野球部に入らねぇ?」

「え?オ、オレが?」

「そう!ピッチャーやってくれ!んで、オレとバッテリー組もう!」

「う、う」

三橋は驚いているようで、目をパチパチさせるばかりでなかなか返事をしない。オレは構わず続けた。

「三橋がいれば夏大みたいに初戦ボロ負けなんてしない。頑張ったら甲子園にだって行ける気がするんだ!」

「甲子園…?」

甲子園という言葉に三橋の目の色が変わった。オレは三橋は絶対野球部に入ると思った。でも次の瞬間、三橋の顔はみるみるうちに落胆の表情へと変わっていった。

「ご、ごめん、阿部くん、オレ、無理…」

「な、なんで!?」

「オレ、あんまり激しい運動、出来ない、から…試合中、ずっとボール、投げらんない、から…」

「あ……」

オレはおばさんの『30分だけね』と言った言葉の意味を理解した。オレはただ大事を取って30分だと言われただけだと思っていた。でもその30分は三橋に取って運動出来る時間だったのだ。三橋は30分以上運動出来ないんだ…。

「ごめん、ごめんね、阿部くん」

「バッカ、なんでお前が謝んだよ。オレが悪いんだよ、ごめんな三橋、今の忘れてくれ」

「あ、でもね、オレ、嬉しかったよ」

「は?」

「阿部くんが、オレなんかと、バッテリー組みたいって言ってくれて、嬉しかったよ!」

にこにこと笑いながらそんな事を言う三橋を見て、オレは自分を馬鹿だと思った。馬鹿で馬鹿でしょうがないヤツだと思った。




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あきゅろす。
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