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ANGEL'S KISS
2.


オレと阿部くんが再会したのは2週間前の事だった。

その日新入社員の歓迎会がありオレは1次会で帰るつもりだった。だけど「新入社員より早く帰るヤツがあるか〜」と先輩に言われて、帰るタイミングを逃してしまい2次会まで参加する事になってしまった。

嫌々連れて来られたショット・バー。煙草臭くて薄暗い。キョロキョロと辺りを見回すのもなんだか怖くてずっと俯いていた。店の一番奧にあるボックス席に目立たないよう隅っこに座った。

「ご注文は?」

オーダーを取りに来た店員さんの声に聞き覚えがあるような気がして顔を上げた。

そこには。
大人の男の顔をした阿部くんが立っていた。

オレは息を飲んだ。

だってオレは阿部くんに

会いたくて
会いたくて
会いたくて堪らなくて

でも会えなくて。

少し細くなった顔はあの頃の面影を漂わせていた。

「三橋、お前はもうジュースとかにしとく?」

先輩の声にふっと現実に戻される。

「あ、はい。そう、します」

慌てて先輩に答えるオレを阿部くんの目が捉えた。

「三橋?」

久しぶりにオレを呼ぶその声に心が弾けそうになった。きっと懐かしそうに目を細めて笑ってくれると思っていたのに、その目は忌々しげにオレを見て歪んだ。

一瞬、世界は真っ暗になった。




高校の3年間、オレはバッテリーを組んでいた阿部くんの事をずっと好きだった。でもその想いを口にする事は出来なくて。卒業式の時も何も言えずにただ背中を見ていた。

でも東京の大学に行って一人暮らしをするという阿部くんとこのまま会えなくなるのが嫌で、3月の最後の日に桜が満開の西浦のグラウンドに阿部くんを呼び出した。

当たり障りのない話をしていたと思う。オレは緊張しまくっていたから何にも覚えてないんだ。「東京に行っても元気でね」とか「またみんなで会おうね」とか言ってたんだと思う。

阿部くんがオレの髪についた桜の花びらを取ってくれたその時、阿部くんと目が合った。

次の瞬間柔らかい物が唇に当たって、それが阿部くんの唇だと気付いた時にはもう離れていた。

阿部くんは何も言わなかった。
オレは何も言えなかった。

でもきっとこれからも、阿部くんはオレと会ってくれるんだとそう思った。

なのに。

半年後阿部くんはいなくなってしまった。




「夏休みに入ったらみんなで集まろうって言ってるんだ」

夏休み前の日曜日、駅前で偶然会った水谷くんにそう言われた。大学に入ってから何かと忙しく、阿部くんはもちろん他の誰とも会っていなかった。

「オレも、みんなに会いたい!」

オレがそう言うと水谷くんはだよねーと言って笑った。その笑顔が高校の時となんら変わらない笑顔だったのでオレは凄く安心した。

「じゃあまた連絡するから!」

手を振りながら水谷くんが改札をくぐった。オレも手を振り返したあと家に向かった。

帰りながらオレは阿部くんに今日の事をメールした。久しぶりに送ったメールだった。送ったあとちょっと考えてもう一度送った。

『阿部くんに会いたいです』

そう打って送った。

返事は来なかった。

数日してみんなで集まる日が決まった。オレはその日阿部くんに会えると思うといてもたってもいられなかった。メールの返事が来なかった事が気がかりだったけど、直接会えると思うとそんな事も気にならなくなった。

でも阿部くんは来なかった。水谷くんにどうしたのかと聞いてみたら、連絡が取れなかったと言われた。

その後何度かみんなで集まる機会があったものの、阿部くんは来なかった。

何度もメールを送った。電話もした。でもある日を境に送ったメールが宛先不明で返って来るようになった。電話も『現在使われておりません』というメッセージが流れてくる。

いくら何でもおかしいと思って、阿部くんの実家に電話をかけた。阿部くんのお母さんが出たので携帯の事を尋ねると、携帯を解約したのだと教えてくれた。でも新しい番号は教えてくれなかった。もう携帯は持っていないと言われた。

嘘だと思った。いくらなんでも今時携帯を持たないなんて有り得ない。おばさんがどうしてそんな嘘を言うのか解らなかったけど、もうそれ以上何も聞けなかった。

花井くんに電話してその事を話した。花井くんもおかしく思い、つい最近阿部くんの家に電話したと言っていた。でもオレと同じ事を言われたそうだ。

心配だから今度阿部くんのアパートに行ってみようと約束をした3日後、阿部くんのおばさんから震える声で電話があった。

『三橋くん、この間はごめんなさいね』

「いえ、いいです、けど…。どうしたん、ですか?」

『隆也から何か連絡なかった?』

「いえ…、オレ、大学行ってから、阿部くんとあまり、連絡取って、なくて…」

『…そう…、ごめんなさいね、ヘンな事聞いて』

受話器の向こう側から深いため息が聞こえる。いいようのない不安に駆られておばさんに尋ねた。

「阿部くん…どうかしたんですか?」

『え…?』

オレの問いに対しておばさんは答えを言い淀む。明らかに動揺していると感じてオレは謝った。

「ご、ごめんなさい、立ち入った事、聞いてしまって…」

『あ、いいの、いいのよ三橋くん。でもあまり公にしたくないから…』

「ごめんなさい!もう、聞きま、せん…」

そう言って電話を切ろうとするとおばさんに引き止められた。

『あ、待って三橋くん!…三橋くんには話しておくわ』

「…はい」

オレは頭がガンガンと痛くなってくる程緊張し始めていた。嫌な空気が流れている。

『隆也がね、大学を辞めてしまったの…』

「えっ!?」

『アパートも引き払ってしまって…どこに行ってしまったか解らないの…』

キイィィィーンと耳鳴りがして、オレはその場にへたり込んだ。




オレの世界に阿部くんだけがいなくなってしまった。一番いなくてはいけない人がいなくなってしまった。

オレは自分の道すらも見失ってしまった。




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