AROUND THE WORLD 9. オレは驚きのあまり固まってしまった。初めて三橋が泣いているのを見た。だけどそれが何の涙なのか解らない。 「え?みは…し?」 困惑しながら声をかけると、三橋はビクッと身を震わせその場にしゃがみ込んだ。 一瞬にして自分の視界から三橋が消えてしまい、オレは動揺した。カウンターの向こうにいるのは解っているのに、何故かそのままケムリのように消えてしまったのではないかと錯覚してしまう。 オレは慌ててカウンターの中に転がり込んだ。 カウンターの中で三橋は膝を抱え込むようにして、丸くなって泣いていた。オレは側により同じようにしゃがんだ。 「三橋、どうしたんだよ?何かあった?」 ひくひくと震える背中をさすってやりながら声をかけた。 「ごめっ…ごめ、なさい…うぅ…」 小さな声で三橋は謝る。 「なんだよ、別にいいよ。誰だって泣きたい時ぐらいあんだから」 「ち、違っ…、ちがう!」 三橋はゆっくりと顔をあげた。 「オ、オレ、ウソッ、ついて、たから…」 「は?」 嘘?何が? 「オレ、阿部くんの、こと、友達だなんて、思って、ない…」 え?え?ナニソレ? 「友達なんか、じゃ、ない!」 キッパリと言い放った三橋の言葉に体が固まる。足元からじわじわと凍りつくような冷たさを感じる。オレは三橋の背中から手を離した。 「………」 言葉が出ない。三橋にぶつけてしまいたい感情も言葉も、全て何処かへ流れ出ていってしまう。 「ごめんなさい……ごめんなさい…」 また俯きうわ言のように謝り続ける三橋がぽつりと言った。 「オレなんかが、阿部くんのこと、好きになって、ごめんなさい…」 オレは耳を疑った。驚きのあまり金魚のように口をぱくぱくさせてしまう。 遠くなりかけていた世界が、今の三橋の言葉で一気に目の前に戻ってくる。冷たくなっていた足元にじわじわと熱が戻ってくる。 ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい 違うよ、三橋。 オレなんかがキミのこと 好きになったりして ごめんなさい それはオレのセリフなんだ 「三橋」 三橋は恐る恐る顔をあげてオレを見た。その瞳は深い深い不安の色に染められていて。 オレはその不安を拭い去るように心を込めて言った。 「オレも、三橋の事、好きだ」 三橋は大きな目を更に大きくさせてオレを見た。その驚きに揺れる瞳に見つめられ、オレは羞恥に駆られて右手で三橋の肩を抱き寄せ自分の胸の中に三橋を収めた。 三橋はオレが告げた気持ちには答える事なく、しばらくの間泣きやまなかった。 このまま店にいる訳にもいかず、オレは泣きじゃくる三橋をなだめて手を引きながら三橋の部屋へと向かった。 途中酔っ払いに、にーちゃん彼女泣かしちゃいけねーよぉなどと茶化され、不覚にも顔が赤くなった。 三橋から玄関の鍵を渡され、オレが先に部屋に入った。三歩ほど進んで振り向くと三橋は玄関で突っ立ったままだった。 「三橋?」 「あ、阿部くんまで、ウソ、つかなくても、いいんだよ」 三橋は両手をギュッと握りしめ、俯き加減に言った。 「嘘って何?」 「だっ、だから、オレの事、す、好き、だなんて…」 「嘘じゃねーよっ!」 オレは三橋の両手を掴んで言った。三橋がハッとしたように顔をあげた。 「で、でも、阿部くん今日、かの、じょと、ゴハン食べに、行った」 ふにゃふにゃと顔が歪んでいったと思ったら、大粒の涙が両目からぼぼぼっと溢れ出た。 「よ、より、戻した、んじゃ、ないの?」 ああ、やっぱ誤解してる。 「バッカ、戻してねーよ。アイツ彼氏いんのに」 三橋はキョトンとして数回まばたきをした。 「じゃあ、お店に来た時、なんであんなに、嬉しそうだったの?」 え?オレ嬉しそうだったのか?自覚ねぇ…。 「それは……」 三橋はじっと答えを待っている。 コイツみなまで言わす気か。案外たち悪いな。 「お前に…会えるからだよ」 三橋はカァァッと真っ赤になった。その顔にオレもつられて赤くなるのがわかり、照れ隠しの為に三橋に部屋に入るよう促した。 ベットにふたり並んで座り、オレは改めて三橋を抱きしめた。三橋も恐る恐る背中に手を回してくれた。 「オレ、初めて会った時からお前の事、好きだったんたぜ」 ただ、気付くのに少し時間かかったけど。 三橋の手がオレのシャツをキュッと掴んだ。 「オ、オレも、だよ。何にも出来ないオレに、優しく笑ってくれた、時、から、阿部くんの事、好き、だ」 お互いの気持ちを確認しあったオレ達は、少しだけ体を離して触れるだけのキスをした。 本当に少し触れただけだったのに、三橋は茹でダコのように真っ赤になった。 そんな三橋がかわいくて愛しくて、オレはまた力一杯三橋を抱きしめていた。 その夜は初めて一緒のベッドで寄り添って眠った。 [←back][next→] [戻る] |