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聞こえるのは愛しい、貴方の
一秒でも早く
愛しい貴方に会いたくて。












イタリアの本部から離れて一ヶ月。
俺は今、任務で異国の地に来ている。単身の任務は他の任務よりも危険で、常に気を張っていなければいけない。
しかし、ボスである彼からの大切な指令。
だから嫌とは言えない。むしろ俺を信頼して下さっている証だと思うと、無償に、嬉しいから。
右腕として命をかけて任務を果たす。


でも滞在期間は今日で既に一ヶ月を過ぎた。
任務にして別になんともない長さだが。

俺個人にしてみればなかなかに長い。つーか長い。こんなに離れたら、やっぱりさすがの俺だって、我慢という理性が欲求に勝ち続けるのは難しい話で。
不覚なことに今こんなにも、愛しい十代目に触れたくてしょうがない自分がいる。



そんな時。
俺の携帯電話が規則正しく振動し始めた。
どうやら電話のようで、書類を仕上げていた俺は半ばうんざりしつつも、ああ十代目だったら嬉しいのに、と思いながら、手を伸ばして携帯を開き、書類に通す目はそのままに通話ボタンを押した。

「はい」

「―あ、もしもし、隼人?」

「‥じゅっ十代目!?」

まさか。
聞こえた声は確かに、愛しい愛しい十代目の声だった。
本当に当たってしまうなんて。

しかしそうは思いつつも、何か重大な用件でもあるのかも知れないと気を引き締め直して、透き通る声に癒されながら努めて冷静に返事をする。

「どうなさったんです?」

ハズレた時に悲しいから、あまり期待はするものではない。

それに時差を考えたら、こちらはまだ日が高いが、恐らく向こうは深夜なはず。
眠くはないだろうか。
あのお体に障ってしまうと思うと不安過ぎて。
ああ畜生、お傍に居れたらすぐに目の前にゆけるのに。


だがそんな俺とは裏腹に、
聞こえてくる愛しい彼の声は至ってのんびり、穏やかなもので。

「なんかさ、隼人に会いたくなっちゃったんだよね」

でも遠すぎるでしょ、と言って貴方は嬉しそうにクスリと笑いながら

「代わりに声、聴こうと思って」

なんて言って下さる。
どうしてこうも優しく可愛いお方なのだろうか。
だから俺はいつものように期待してしまうのだ。貴方が俺を必要としてくれると、また今日もつけあがるというのに。

と言っても俺が十年間相も変わらずこの方に甘いように、彼もまた十年間変わらず、寛大でお優しいのだからもう仕方がないのだが。

「俺も、貴方のお声が聞けて幸せです」

十年前の貴方なら、絶対お顔を赤くされて、黙り込んでしまうだけだったような言葉を添えてみても。

「それは良かった、‥俺はその百倍幸せだけど」

なんて返して頂けるようになったのは
やはり十年という付き合いからだろうか。

しかしそれでも見違えるほど成長した貴方は、素晴らしい寛大さと余裕をお持ちになられたから、まだまだ餓鬼な自分が悔しくて。

「じゃあ俺は一億倍幸せです」

なんていっそ開き直って、子供のような言葉を返した。

「ダメだ、それじゃあ俺達幸せ過ぎるよ」

笑ったように貴方が返すから

「良いじゃありませんか。貴方との幸せが俺の全てです」


「‥ありがとう、隼人」


俺の囁いた言葉に、とても優しい声でお礼を言って下さる貴方が本当に愛おしい。
はにかむようなあの笑顔が脳裏に浮かんで離れない。

ああ今すぐに、逢いに行きたい。




「‥そういえばね、今こっちは凄い嵐なんだ」

「それは大変だ、外出は控えて下さいね」

危ないですからと俺が言えば、十代目はそうだねとだけ言って、でも、と続けた。

「キミみたいなんだよ」

「え‥」

よく理解出来なくて、咄嗟に些か情けない声が口からついて出てしまう。
すると十代目は少しだけ笑って、より一層優しい俺の一番好きな声でもう一度、キミみたいにね、と続ける。

「凄く激しい嵐だけど、守られてるみたいでさ」

一人で寝てても怖くないんだよね。と、
流れるように紡がれていく言葉が心地良い。

「隼人みたいに、優しい嵐なんだよ」




「‥つなよしさん、」

あまりに嬉しくて、つい無意識に二人きりの、それも愛を確かめ合う時にしか呼ばない彼の名前を呼んだ。


「こちらの天気は、よく晴れて心地良いんです」

思わず窓の外の青空を見渡せば、広い彼方に貴方が見えた気がした。

「じゃあこっちとは逆なんだね」

何故だか嬉しそうに笑う貴方は、俺の言おうとすることに気がついていらっしゃるようだから、敵わないと思うと同時に嬉しくてたまらなくて。

「貴方のように、温かい大空ですよ」

俺が言えば、そっかぁと言ってほけほけと笑う。
ねぇ、と甘ったるい声で呼び掛けられて、俺の身体の奥でどくんと何かが跳ねる気がした。


「‥逢いたいよ、隼人」

少しだけ切ない声すらひどく愛おしい。その声に俺が非常に弱いことを知っているだろうに、本当に狡くて可愛いお方だ。

「俺もですよ‥」

早く、早く、貴方の温もりが欲しくて、窓の外に広がる大空に手を伸ばした。

すると貴方はまた甘い声はそのままに、何度目になるか分からない俺の名前を呼ぶ。

「ねえ、隼人」
「なんですか」

十年前に貴方に会う以前には絶対に考えられないくらいに、優しい声が出せるようになった自覚がある。
もちろん全て、彼のおかげなのだが。

「‥帰ってきたら、まず何してくれる?」

楽しそうに貴方が聞くから。

「思いきり抱きしめさせて下さい」

俺もなんだか嬉しくなって答えれば、それでもまだ足りないようで。

「じゃあ次は?」
「キスをしましょう」
「それで終わり?」
「それならもう一度抱きしめて差し上げます」

「次、は?」

期待して下さるような声と共に、十代目の可愛らしい表情が脳裏に浮かぶ。

「一緒にお部屋に行きましょう」

「報告書の提出?」

くすくすと笑う貴方は少し意地悪を言うけれど、それすらくすぐったい。
今書いている報告書も、貴方の前ではもちろん後回しだ。

「それより先に、甘いキスをさせて下さい」
「そしたら?」

ああ、折角少し抑えていた、なけなしの理性が崩れていく。
その後、なんて、決まっているのに。


「‥久しぶりに、貴方を沢山感じたい」

「俺も‥沢山きみを感じたいよ」



電話越しに彼の全てが流れてくるようで、愛しさがより一層込み上げる。


ああ駄目だ、愛しすぎるんだ。


「‥手加減、出来なかったらスミマセン」
「しなくて良いよ、隼人だから全部受けとめてあげる」

十代目が恥ずかしがることもなく平然とそう言ってのけられるようになったのは、やはりイタリアという場所に長く居るからだろうか。

「嬉しいです、十代目」
「‥名前で呼んでよ、隼人」

「‥綱吉さん、愛しています」

「ん‥俺も愛してるよ」


満足そうに言う貴方に、俺も幸せで。
しかし僅かに眠たそうな色の交じった声に気付く。
だから本当はもっとあの大好きな声を聴いていたかったけれど。
身体に障るといけないから、そろそろ寝るように促した。


「ん‥そうだね、寝ようかな‥‥‥あ、隼人、」

「なんですか?」

「いつ頃仕事、終わりそう‥?」

控えめに聞く声に、遠慮の色が見て取れる。お優しい人だから、早く終わらせてなどとはいつも決して言わない。


「出来るだけすぐに、終わらせて帰ります。なんでしたら2、3日後にでも」

本当はどんなに急いでも一週間はかかるのだけれど。
貴方の為なら、どんなに切り詰めたって構わない。

「だめ、どうせ無理するんでしょ」

ああやはり、バレていたか。
でも十代目、しょうがないじゃないですか。

「貴方に早く逢いたいんです」

「‥もう、体だけは壊さないでね」


なんだかんだ俺にだって十分甘い貴方は、俺がこう言えば無理には言わない。というかこれで俺が意見を変えないのを、熟知してくれているのだろう。
我ながら、実にいらない自信だとは思うが。

「ありがとうございます。‥‥それではもう、お休み下さい」

お身体に障りますと言えば、うんと答えて貴方は最後に言葉をくれた。

「おやすみ、隼人」

「おやすみなさい、綱吉さん」


大好きだよ。
そう小さく聞こえて静かに切れた携帯からは、もう音が聞こえなかったけれど。


「俺も、大好きですよ」

貴方のふわりとした温もりが、俺の心を満たしていく。
電話はもう繋がってはいないのに、貴方とはいつまでも繋がっていられる気がして。
どうしようもなく綻んだ顔を抑えることが出来なかった。














大切な貴方の見る夢が
いつも幸せであればいい。

(待っていてくださいね)




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