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ある小説家の言語に対する一考察

「僕はね、言葉ってとても流動的なものだと思っているよ」

 センセイは、そう言いながら紫煙をゆっくりと吐き出した。首元のリボンタイを緩め、向かいに座るコンブを真正面から見据える。

「こういう商売をしているから、そういうものには敏感なんだけどね。例えばホラ、クラタくんがよく不思議な言葉を喋るだろう? ネットスラングから派生した言葉ってのは、タイピングによる発話で一番効率的な言葉だね。なぜ言葉が必要なのか。それは、発話が最も相手に効率良く物事を伝達する手段だからだ。形式に捉われすぎた言葉は時にその意味を見失う。堅苦しい言葉で喜ぶのはおじさんと中学二年生だけだよ」

 彼はマソオタウンのジムリーダーであると同時に、小説家でもある。文と名のつくものならとりあえず書いてみるといったマルチライターであり、処女作のジャンルであるミステリから恋愛小説、ホラー、エッセイ、海外小説の翻訳、果ては児童文学と枚挙に暇はない。リョオウ地方のジムリーダーとしてはベテランの域に入り、新米ジムリーダーであるコンブにとっては一応、大先輩だ。

「昔は≪ら抜き言葉≫なんて囁かれていたわけだけど、あれだって効率化の結果だと思うよ。あの程度で文法が、なんて騒いでいる暇があるくらいなら、今すぐトレーナーズスクールの教科書を改訂すべきだと思うけどね。自分たちだって、たった100年前の言葉を崩して使っているのに。

バトルだって同じだ。バトルは時代によって異なるものだし、パーティに入るポケモンや技には流行がある。環境をメタったものを更にメタって、と繰り返していけば、そりゃあループ位するさ。今は砂と雨の二強だけど、一昔前は天候パーティという概念そのものが薄かった。あとはそうだね、僕が使うスイッチや、クラタくんの重力は比較的新しい戦法だね。逆に、昆布はどちらかといえば古典的だ。昔はヤドリギと毒々を絡めたコンボもあったんだけど、若い子はもう知らないかな。

おっと、話がそれたね。要は、思考の固定化は非常に愚かしく、危険だということさ。もっと柔軟にならないと、この業界では生きていけない。ポケモンの研究っていうのは日進月歩のジャンルだからね。昨日までの常識が通用しないことはすなわち、敗北を意味する。負けが続けばジムリーダーの座から引きずりおろされる。後続はいくらでもいるのだから。

……ところでブッキー」

「何でしょうか」

「その請求書、もうちょっと負けてもらえない?」

「なりません。うちも結構カツカツなので、大先輩にはぜひ可愛い後輩を助けていただきたい」

 コンブは無慈悲に、無感情にジムの修繕代が記された請求書を押し付ける。もう一人の戦犯であるトクサシティのドン・マムは、どんと頼もしく胸を叩いて修繕費のほぼ半分を請け負った。今頃市内で買い物を楽しんでいるであろう彼女は、こういうときに大海賊の名に恥じない思い切りの良さを見せる。

 僕のトコだってカツカツどころか大ピンチだよ、と泣き言を漏らすセンセイは印税だけで一生遊んで暮らせるだけの資産を築いているはずだ。しかし、そのほとんどはジムリーダー業務の諸費に消えているらしく、彼がコンブに資産家らしい素振りを見せたことは一度もない。

 というのも、勝利よりもバトルの面白さに重点を置くセンセイはリョオウ八ジムの中で一番バッジ防衛率が低く、その分ポケモン協会から支給されるジム維持予算を削られている。本来ならば、基本的なジムであればその削られた予算でも充分に運営できるはずなのだが、何せセンセイのエキスパートは奇襲重視のスイッチパーティだ。同じ種族のポケモンでも異なる育成方法の個体をストックしておかなくてはならないため、ポケモンの所持数がジムリーダーたちの中で一番多い。当然、ポケモンたちの維持コストは所持数に比例する。ジム予算で足りない費用はセンセイのポケットマネーから捻出しているのだ。

 ポケモンの育成、ジムリーダー業務、そして執筆とをこなすセンセイの、年を経てなお衰えぬバイタリティには、コンブも見習うべきところがある。しかし、それとこれとは話が別だ。何せ、バッジ防衛率ブービーはコンブ率いるカスミジム。公式試合での損耗ならともかく、完全に私用のバトルで壊れたジムの修繕費を協会が出してくれるわけがない。

「ね、サイン本あげるから」

「それをオークションに出して修繕費稼ぎましょうか。電撃サイン会でも構いませんよ、会場設営なら喜んでお手伝いします」

「ブッキー、僕に人見知りしてたころが懐かしいよ……」

 よよよ、とわざとらしく泣き崩れながら、センセイは渋々請求書を受け取った。後日、請求額から相当色のついた金額がドン・マムとセンセイ双方から振り込まれたコンブが、料金明細書を手に顔を青くするのはまた別の話である。


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あきゅろす。
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