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トクサシティ住民におけるルーツ申告の信憑性

「あらあら、こんなに。いつも助かるわあ」

 トクサシティは、ポケモンリーグリョオウ支部が建つフィアーズマウンテンの麓に広がる町である。この町は険しい山脈と一年中降り続く雪に囲まれているおかげで、外部との交流はほとんどないに等しい。生き物が暮らすには厳しすぎる環境に、一説では、かつて罪人の流刑地だったと言われている。

 ともすれば物流すら途切れがちなトクサシティのジムリーダーを務めているのが、コンブの目の前で木箱一杯の果物に目を輝かせている女性である。丸々とした手が磨かれたリンゴの上を楽しそうに踊っている。きっと頭の中は、目の前のリンゴをパイにするか、はたまたジャムにするか―――リンゴを使ったおやつに夢を広げているのだろう。

 トクサシティは寒冷地であるため、特に野菜や果物などの農作物が希少である。運送費もバカにならないため、町に届くころには何倍もの値段に跳ね上がっていたりする。よって果物のような嗜好品は少しばかり高級品であるのだが、こうして時たま、コンブは彼女に食料品を届けている。コンブがジムリーダーに就任したての頃、モグラと並んで世話になった人物が彼女であり、少しでもその恩を返そうとしてのことだ。

「寒かったでしょう、ちょっと暖まっていきなさいな」

「実は、すぐに戻らなきゃいけないんです。ママさんのお茶、楽しみにしてたんですけど」

 彼女は、「ママさん」とジムリーダーたちから呼ばれているだけあって、母親特有の妙な力強さがある。じりじりと暖炉の前に置かれているロッキングチェアーに押しこめられるところをなんとか踏ん張ったコンブは、申し訳なさそうに眉をハの字に下げた。

 トクサシティへ航行中、カスミジムで留守番をしているジャッジから急な来客があったとの連絡が入ったのだ。本来ならば、アポイントメントもなしに訪れた来客のためにコンブが予定を変更する必要はないはずなのだが、どうやらジムに残してきたスタッフたちだけでは対応できない人物らしい。珍しく泣き言の入ったジャッジからのSOSに、コンブはとんぼ返りをする羽目になったのである。

 片道だけで体力を消耗する行程だ。元々、往路と復路で別のポケモンに頼むつもりだったので移動は問題ないのだが、来訪者の名を明かさないジャッジに一抹の不安が残る。

「あらあ、残念ねえ」

 毛糸のケープにくるまれた肩を落とすママさんは、コンブを実の息子のようにかわいがっており、彼が遊びに来るたびに大量の料理やお菓子を振る舞っていた。恐らく今回もあれこれと準備していたのだろう。一回り小さく見えるまんまるなママさんに、コンブの心が罪悪感に蝕まれる。

「もう、まったくもう。よりにもよって、わたしの一番楽しみな時間を奪おうだなんて、誰だか知らないけれど悪い子ねえ」

 前言撤回だ。丸まったママさんの背中から漏れ出るプレッシャーに、コンブの胃がキリキリ痛み始めた。謎の来訪者は、どうやら余計な眠れる獅子―――否、巨鯨を呼び覚ましてしまったようだ。

 ママさんはしょんぼりムードから一転、にっこり笑顔で振り向いた。(あっ)その表情を見て、コンブは何かを悟る。

「ねえコンブくん、おばさんも連れてってくれないかしら」

 やっぱり、という言葉を呑みこんで、コンブは真剣に思案する。復路のために連れてきたポケモンはプテラ。成人の人間を二人も運ぶには、やや負担が大きいだろう。その事実を伝えようと口を開きかけたコンブだったが、ママさんは得意げにポンチョの下からモンスターボールを取り出した。

「だいじょうぶ。おばさん、最近空を飛べる子を育てたのよお」

 ここまで言われては断る術もない。コンブは首を縦に振らざるを得なかった。

 陸上の船長、ドン・マム。先祖は海という海を荒らし回り、史上最高額の賞金を懸けられた大海賊だというのが、彼女の自慢である。


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