不治の病を患う同僚との交流における歩み寄りの難しさ
「うわ」
コンブは多少自虐的なきらいがあるものの、基本的には心根の優しい青年である。しかし、そんな彼にも苦手な人物というのは多からずとも存在する。それはシカンチャシティのジムリーダーであり、コンブの存在に気付かないまま前を歩く青年だ。
ただし、前者は畏敬の念から気後れしているのに対し、後者に関しては純然に、お近づきになりたくない類の人間である。
染色した蛍光ブルーの長髪は、その美貌と相まって、人ごみに紛れていても目立つことこの上ない。久方ぶりに遠征したリョオウ地方の中心都市、ムラサキシティで偶然その姿を見つけてしまったコンブは、反射的にその身を物陰に隠してしまった。当然、コンブの存在など知りもしない彼は、ポケモンコンテスト用の煌びやかな衣裳を取り扱ったブースでウインドウショッピングを楽しんでいる。
彼はムラサキシティのジムリーダー。エキスパートは補助技“じゅうりょく”を前提とした高火力パーティである。
一定の範囲に過重力場を発生させることで、普段は命中率の低い大技を当てやすくするのが重力コンボの肝であるが、その分フィールドで戦うポケモンたちの負担は通常のそれよりも大きい。加えて“じゅうりょく”の効果は自分たちだけではなく、対戦相手の側にも補正がかかるため、好んでこの戦法を用いるトレーナーは多くない。
そんな偏屈者のひとりである彼は、その実力だけは確かに本物である。
幸い、青年の歩む先とコンブの目的地は真逆の方向だ。いつもお供に連れているオドシシは、街中だからかボールの中らしい。彼がいるならばとっくの昔にコンブの存在に気付かれていただろうが、そうではない今がチャンスだ。こっそりこの場を立ち去ろうと、コンブは物陰からそっと身を乗り出した。
しかし、ディスプレイされている商品に後ろ髪でも引かれたのか、タイミング悪く青年が振り返った。コンブと青年の視線がしっかり絡み合う。
「あ」「お?」
互いに思考は一瞬だった。
コンブがいつになく俊敏な動きで身を翻し、脱兎のごとく逃走を図る。しかし青年が青い鬣をなびかせ、逃げるコンブの肩を掴むほうが早かった。
「どうして逃げるんだい、我が同胞、堅牢なる要塞の賢者≪トラップマスター≫よ。我が城にようこそ、歓迎しよう、盛大にな」
「恥ずかしい名前で呼ぶのやめてください、逃げてないです、向こうが俺の進行方向だっただけです」
目を逸らして反論する「堅牢なる要塞の賢者」は、肩にかかった青年の手を引きはがしにかかる。青年はコンブを逃がさまいと彼の手をがっちり握りこむ。最終的に彼らは、どうしてか互いに正面から組み合うこととなった。ひょろりと細長い二人の背格好はほとんど同じで、膂力もそれに比例するように拮抗しているらしい。
そのまましばらく威嚇し合っていた二人だったが、コンブが我に返るほうが早かった。周囲の視線を感じ、かっと顔に熱が上る。焦っていたせいか、コンブはうっかり彼の名前を、より正確に言うならば愛称を、呼んでしまった。
「も、もう、公衆の面前で止めてくださいよ、クラタさん」
「オレの名前を略すんじゃあない!」
怒髪天を衝く勢いで憤慨した青年、もといクラタは、拘束していたコンブの手を放し、指先をぐりぐりコンブのメガネに押しつけてくる。指紋と油分で汚れるレンズと、じりじり鼻に沈むパッドが地味に鬱陶しい。クラタは流れる青髪をマントのように翻し、モンスターボールを妙に芝居がかったポーズで投擲した。
赤い閃光、ではなく星屑が弾けるようなエフェクトとともに現れたのは、妖精ポケモンのピクシーだ。ピクシーはクラタの目配せに小さく頷くと、自らの腕の前で両手を組み合わせる。抑揚をつけた歌声で紡がれる“おまじない”が、クラタの体を包みこんだ。
すると、まるで体の内側から光が溢れ出したかのように、クラタの全身から七色の光が迸った。加えピクシーは“じゅうりょく”を上から押し潰すのではなく、下から上へ押し上げるように発動させる。本来とは真逆の使い方であるその技を、狭い範囲であるとはいえ完全に支配下に置くピクシーの力量に、コンブは感嘆の溜息を洩らした。
どういう原理とコントロールでこの珍技を為しているのか観察したいところではあったが、残念ながら、ぴかぴか眩しく光りながら宙に浮く鬱陶しいクラタを前にして、コンブの集中力は長く続かなかった。
「いいか、オレの名前は……」
盛大なお膳立てをしてもらって気分を良くしたクラタは高らかに名乗りを上げるが、正直長すぎて末尾の「クラタ」しか印象に残らない。そもそもジムリーダーの中でも彼を本名で呼ぶ者はおらず、愛称だけが広まってゆくばかりなのだ。コンブも彼の存在を知ってしばらくは、クラタが本名だと思っていたくらいだ。
さて、この場からどう逃げ出そうか。
コンブはクラタのご高説を右から左へ聞き流す暇な時間を利用して、ポケモンたちやジムの面々へのお土産をどう工面するか、計画を立てることにした。
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