カスミシティにおける現ジムリーダーの立ち位置
ジムリーダー。それはポケモン協会が認めるポケモンバトルのエキスパートである。
各地方に八人ずつ設置される、それ以上も以下もない狭き門を潜り抜けるには、ポケモンに関する深い知識と、全国の挑戦者を相手取る実力が求められる。
よって、ジムリーダーという職は、ポケモンに携わる者にとっては羨望の的である……はずなのだが。
「おーいコンブ、早くしろよー!」
「ご、ごめん、今行きます!」
トレーナーズスクールの生徒だろうか、カーキ色のコートを羽織る子どもたちに大きく手を振られた彼は、スニーカーの靴底を鳴らして慌ただしく少年たちに駆け寄った。駆け寄ったら駆け寄ったで、少年たちは「遅い」だの「待ちくたびれた」だの、生意気に唇を尖らせて青年を煽る。
少年たちに「コンブ」と呼ばれた、今時マンガの中でも見ないような大きな丸メガネをかけた彼は、れっきとしたカスミシティのジムリーダーだ。無論本名ではないにしろ、スクールの生徒たちの態度からして、彼がどんな扱いを受けているのかは自明の理だろう。コンブが苦笑を浮かべながらモンスターボールを手に取った途端、少年たちの目が輝き、彼を急かす声は更に大きくなる。
カスミシティはリョオウ地方の東沿岸部に位置する町だ。湿った南東風がカスミシティの沖を流れる潮の上を通る際に海霧を発生させるおかげで、この町は年中濃い霧に包まれている。海岸線上にクロマツの木が植えられているのは、防砂の役割だけではなく、霧を運ぶ南東風から町を守るためでもある。
そんな霧不断の香の町であるカスミシティのジムリーダーにとって大事な仕事のひとつに、町の霧を払うことがある。
コンブが投擲したボールから現れたのは、鋼鉄の体を持つ鳥型のポケモンだった。銀色の翼の下からは、薄く緑に色づいた柔らかい羽が覗いている。
今日も頼むよ、と声をかけられたエアームドは、金属をこすり合わせたような鳴き声を上げると、大きく翼をはためかせた。数歩先すら覆い隠す霧が、エアームドの起こした風に乗って流れていく。
その風に背を押されるようにして、一斉に駆け出していくスクールの生徒たち。彼らは去り際に、口々にエアームドへ労いの言葉をかけていくが、それがコンブに向けて発せられることはついぞなかった。
鎧をまとった体を揺すってコンブの元へすり寄ったエアームドは、彼を慰めるようにきゅん、と鳴く。いつものことながら、丸メガネの下で涙目になっていたコンブは、お礼にエアームドの顎下を優しく撫でてやる。
「あっ、いたいた! コンブ、なに油売ってるの!」
ひとときの癒しを堪能していたコンブ青年の背中に、よく通る声が突き刺さる。反射的に背を伸ばしたコンブが恐る恐る振り返ると、白い霧のカーテンをかき分けて、見慣れた姿が彼に近づいていた。
「ど、どうしたのジャッジ」
「どうしたもこうしたもないの。キミね、今日が何日だか覚えてる?」
明るい茶髪をお下げに結ったジャッジは、一通の長封筒をコンブに突き出す。ジャッジが道中握りしめていたらしいそれは少々シワになっていたが、白い長封筒に記された送り主の名を見た途端、コンブはあ、と間抜けた声を上げた。
「あ、じゃないよ、まったく」
「ど、どどど!」
「慌てすぎて削岩機みたいになってるよ。…急げばまだ間に合うって、何のためにキミを探してたと思ってるの」
呆れるジャッジの傍らで、コンブはわたわたとエアームドの背にまたがる。エアームドの首にしっかり腕を絡みつけるコンブの姿は、傍目から見るとかなり情けない。
「い、行ってきま!」
「行ってら」
ひらりと手を振るジャッジの前で、エアームドが離陸する。霧を裂く矢のように飛ぶエアームドを見送ったジャッジは、手のかかることねえ、と呟いて、霧の中を去っていった。
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