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2011年9月14日

 例えば、魔法とか、オーバーテクノロジーとか、異世界旅行とか。

 そういう空想的なものは、誰かの妄想に任せておけばいい。わたしたちは市場に満ちあふれたそれを好みと気まぐれで享受して、束の間の非現実感を味わう。そして再びわたしたちは何事もなく、平凡で変わり映えのしない日常へと戻るのだ。

 朝起きたら学校に行って、放課後は道場で体を動かす。帰ったら宿題をして、友人から借りたゲームを少しだけ遊んで。

 そんな、つまらない、あたりまえの、愛すべき日常が続くと思っていたのに。



 からだは冷たい。あちこちから血がどろどろ流れ落ちている。息だけが、荒い。すぐ近くで男がなにか早口でまくしたて、周りがげらげらと笑った。叫びだしたくなるのを懸命にこらえる。異国のことばは西欧風の響きであることくらいしかわたしには理解できなかったが、下卑たニュアンスはなんとなく伝わってきた。

 夢なら醒めてほしかった。

 わたしはいつものように学校に行く途中だった。そうしたら、横断歩道で信号無視のトラックにはねられて、気持ち悪くなるくらいきりもみになりながら宙を舞った。そこで一旦記憶が途切れる。

 次に目が醒めたとき、わたしは森の中に寝転がっていた。頭がうまく回らないうちに山賊らしい男たちに取り囲まれ、あてもなく逃げだして、いま。不幸中の幸いは、自分がトラックにひかれたことに関して深く考えずに済んだことだろうか。わたしが生きているのか死んでいるのか、わたし自身にもよくわからなかったが、仮に生きているのだとしたら、なんて悪夢だ。

 覆い茂った樹木が、追っ手から頼りなくわたしの姿を隠してくれていた。裂けた制服のスカートから伸びる右足から生えているのは、いましがた植えられた矢柄。鈍色の矢じりがふくらはぎに食いついているのを見たくなくて、わたしはかたく瞼を閉じた。

 あのひとたちに捕まったらどうなるか。いまさらカマトトぶるつもりはないが、なんであれ、最後には殺されてしまうだろう。なにせ、彼らにはそれが簡単にできてしまうのだ。右足の矢がそれを証明している。死の香りが鉄の重い香りに混じって鼻の先をかすめた。

 どうしてわたしがこんな目に。きょう幾度目かの愚問が廻る。死んだと思ったら生きていて、生きてるかと思ったら死にかけて。これならいっそ、トラックにひかれたときにさっさと死んでおけばよかった。そう思うくらいには参っていた。

 男たちはまだ近くを歩いている。どうか、見逃して。高校受験以来、久々に神頼みをした。もしあなたの手の届くところにいるなら、助けてください。

「■■■■■」

 耳元に生温かい息が吹きかかる。全身の筋肉がこわばり、わたしは反射的に目を見開いた。変にねじれた右足が映る。現実は、非情だった。見つかった、見つかった! 見つかったらどうする、逃げなくちゃ。

 生き汚くも醜く地面を這いずったわたしは、そのまま乱暴に男にのしかかられた。全身が悲鳴をあげるが、肝心の声はまったく出ない。口元をゆがめた男が迫る。誰か、たすけて。

 生来のずぶとさが災いし、こんな状況でも意識を失えないわたしの視界で、桃色が躍る。一瞬だけ見えた端正な顔立ちに「(王子様だ)」わたしは柄にもなく、そんなことを思った。




あきゅろす。
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