[通常モード] [URL送信]
アタモニ歴1026年10月29日

「君も大概、被虐嗜好ですよね。宗教者の性なのでしょうか」

 ほっとけ、カーペットに叩きつけられた悪態は、ひどくかすれてほとんど呼気のようだった。

 ノイシュタットに滞在を始めてから一週間弱、ようやく現れた海賊船を率いていたのは、わたしとフィリアの顔見知りであるアタモニ神殿の僧兵、バティスタ・ディエゴだった。

 例の電撃ティアラをはめられ、半日近く取り調べという名の拷問を受けていたバティスタだったけれど、彼は頑としてグレバムの情報を吐かなかった。これ以上の拷問は無駄だと判断したリオンはわたしに後片づけを任せ、泣きだしそうなフィリアを連れて部屋を後にした。

 カーペットの上に身を投げ出しているバティスタを肩に担ぎ、ベッドの上に放り投げる。汗のにおいと髪の焦げるにおいが鼻孔をかすめた。危険だからと事前に外しておいたバティスタの眼鏡をベッドサイドに移動させる。かけますか、と聞いたら首を横に振られた。

「少し見ない間に小難しい単語覚えやがって」

「ひとは日々、学ぶ生き物です。バティスタ、君は例外のようですが」

 バティスタは鋭い眼光でわたしを睨みつける。しかし、彼の宗教者らしからぬ悪相でひるむほどわたしもかよわい乙女ではないのだ、悲しいことに。わたしはかねてからの疑問をバティスタに問いかける。

「わたしの知るバティスタ・ディエゴは、君のように頭の悪い人物ではありませんでした。君はなぜグレバムについていくのですか?」

「言いやがるな、アイザック。…≪神の眼≫による世界征服は決して不可能じゃない。グレバム様の下にいれば間違いなく、おこぼれが頂戴できるって寸法だ。これ以上の理由があるか?」

 バティスタの答えは、いかにも悪役らしいせりふだった。いかにもすぎて、逆に寒くなるような。

 くり返す。わたしの知るバティスタ・ディエゴは、頭の悪い人物ではない。普段の言動には少しばかり乱暴な部分はあるけれど、思慮深く面倒見のいい、敬虔なアタモニ信者。それが彼ではなかったか。

 わたしはベッドの端に腰を下ろすと、まっすぐにバティスタを見つめた。自重でスプリングが軋む。

「≪神の眼≫を制御できると、本当に思っていますか? 君は本物を見たのでしょう」

「随分と知ったような言い分だな。お前こそ、本物を見たことがあるのかよ。アレは凄まじい力を秘めている。天すら支配できるほどのな」

 嘲笑交じりに語るバティスタは、わたしの質問に答えていない。幾秒か、幾分か、睨みあいが続く。やがて、バティスタが折れたように目を逸らした。

「…それでも、俺はグレバムに付く。お前らと殺し合うことになってもだ」

 彼の答えはそうなるだろうと、わかっていたけれど。まるで揺らぐ気配のないその宣言に、わたしは思わず息を吐いた。そう、と答える前に、後頭部に衝撃が走る。バティスタに蹴られたと気付いたころには無様に床を転がり、ドアの前に横たわっていた。あいたー。

 ごりん、と関節の鳴る音。衣擦れの音。大きくベッドのスプリングが軋み、次にカーペットが靴音を吸いこむ鈍い音が三歩ほど。音もなく窓が開き、夜風がわたしの頬を撫でる。

「礼は言わん。次に会ったときが最期だ、互いにな」

 そう言い捨てたバティスタの足音が遠くなり、消えていく。話しあいで解決できるとは思っていなかったけれど、友人をここでみすみす見送ってしまうのは、なんともはや、悔しいなあ。

 床に寝転がったままぼんやりしていると、不意に目前のドアが開いた。角がわたしのおでこに勢いよくめりこむ。ぎゃあ。

 身を丸めて悶絶するわたしに降りかかる声は、呆れた色を含んでいた。もっと心配してくれても罰はあたらないと思うのだけれど!

「三文芝居は終わったか」

「…ええ、抜かりなく!」



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!