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喫茶≪サボタージュ≫へようこそ!
煙は自ら熾すもの

「ふあ、あ」

 ある日の喫茶≪サボタージュ≫店内。いつものカウンター席で大きな欠伸を零すマーチのキモリの前に、リザードのビスコはカラメルカプチーノを静かに置いた。横から給仕のヤミラミがシュカのパウンドケーキを差し入れる。炒ったシュカの香ばしさがマーチの手を無意識のうちに動かしていた。ぼんやりとした頭で数回咀嚼する。

「おいしい」

「随分と忙しそうね、相棒。寝る暇もないの?」

「夜通しで遭難ポケモン探し。これでもう七件目だよ」

 彼にしては珍しく、行儀悪くカラメルカプチーノをすするマーチが、睡眠の暇を惜しんで≪サボタージュ≫へ足を運んでいるのには理由がある。眠たげな金色の瞳をこじ開けるマーチに、ビスコは自らの分のコーヒーを用意するとカウンターの中の椅子を引き寄せた。

 近頃、プクリンギルドのトレジャータウンには流れの探険隊が続々と集まっている。何でも、ゼロの島に伝説の宝が隠されているとかで、腕に覚えのある探険隊が財宝とロマンを求め、日々不思議のダンジョンに挑戦しているのである。

 しかし、ゼロの島はトレジャータウンの古株ですら忌避する難易度の高いダンジョンだ。これを知らない探険隊たちが無謀にも挑戦し、その尻拭いに日夜、トレジャータウンの探険隊たちが駆り出されている。

 この噂が出回り始めたのはほんの数ヶ月前。この辺りの探険隊の元締めであるプクリンのギルドは、遭難ポケモンの救出と並行して、この噂の出所を調べている。無責任なこの噂が故意的なものだったとしたら、厳重注意では済まない場合もある。

 そこで喫茶店の出番だ。現状、≪サボタージュ≫は≪パッチールのカフェ≫からあぶれた旅の探険隊でいつもよりも賑わいを見せている。店の売り上げはどうあれ、人が集まるところには情報が集まるのである。

「柄の悪い連中も増えてきて、ダークライが怖がってんのよ。早く何とかしてよね」

「何とかできるなら苦労しないってば。ビスコの方こそ、手がかりになりそうな話はあった?」

「あったら、今頃そいつを灰にしてるわ」

 冗談めかしてそう言ったビスコだが、その空色の瞳はちっとも笑ってはいなかった。「…頼もしいなあ」、かつて期待のルーキーの名をほしいままにしていた彼の相棒の実力は、未だに衰えていない。

 ビスコはふと目を細めると、溜息を吐きながらマーチの頭を撫でまわした。突然のスキンシップに、マーチは目を丸くする。

「わ、わ。ビスコ?」

「何もないから、今日は寝な。アンタが倒れちゃ元も子もないわ」

「ビスコがやさしい」

「あたしはいつだって聖人君子だっつの」

 ばつり、と指でマーチの額を弾いたビスコは、新しく入ったオーダーの準備に取り掛かった。マーチは頬をカウンターにぺったり張りつけながら、手早く木の実を刻むビスコの背中をぽうっと見つめる。

「ねえビスコ」

「何、相棒」

「ゼロの島の財宝、ホントにあるのかなあ」

「ないこたないでしょ。火のない所に煙は立たないわ、あたしの炎みたいにね。そういうの無条件に信じるのはアンタの仕事じゃないの?」

 マーチの方を振り向いたビスコは、にやりと不敵に笑って見せた。

 喫茶≪サボタージュ≫は、貴方のご来店を心よりお待ち申し上げております。





煙は自ら熾すもの
(…回りくどいことが好きね、まったく)


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