喫茶≪サボタージュ≫へようこそ! デジャ・ヴュ 「わたしは、人間だった頃の記憶がありません」 喫茶≪サボタージュ≫店内。表に≪RESERVING≫の札が掛けられた店内には、哀愁を誘うジャズの音色が緩やかに流れている。カウンターに腰掛けたピカチュウのナインは、湯気を立てるカフェモカをじっと見つめながら、そう話を切り出した。 彼女は≪ナイン≫という名前を除き、すべてまっさらな状態で打ち捨てられていたところを、当時はアチャモだったサンゴに発見された。それからサンゴとともに救助隊を立ち上げ、ポケモンたちを助けることで自らの記憶の欠片を探していたが、ついぞ見つかることなく今に至るのだという。 「ピカチュウになってどれくらいになるの?」 ナインの向かいに座り、カラメルカプチーノをすすりながら語尾を上げたのはキモリのマーチ。≪サボタージュ≫店主であり、元人間であるリザードのビスコに呼びだされた、彼女の相棒だ。 冬を三回越しました、ナインは答える。その隣に座るバシャーモのサンゴは、コーヒーという名の未知との遭遇にがっつり眉をしかめている。 「もしよければ、ビスコさんが人間だった頃のことを教えていただけないでしょうか」 「そりゃ構わんけれども」 多分参考にならんわよ、とビスコは前置いた。それもそのはず、ビスコのいた≪未来≫は、今や既に亡きものとなっているからである。 ナインは≪暗黒の未来≫の様子を聞くに従って、みるみる表情を暗くしていった。パラレル関連の話は省略して話を終えたビスコは、温くなりかけたブレンドコーヒーを嚥下する。 「その様子だと違うみたいね。まあ、こんな世界だったら忘れてた方が身のためかもしれないけど」 「いや、そんなつもりじゃ」 「わかってる。まあ、アンタがあの世界の住人でなくてよかった」 「どうしてですか?」 歴史の修正作業の過程で存在自体が消されていたかもしれない、などとは口が裂けても言えそうにない。ビスコが誤魔化すようにコーヒーのお代わりを勧めると、ナインはカップを呷って「お願いします」差し出した。 「おっ、さすが元人間。コーヒーの味をわかってくれるお客は少ないのよねえ」 「確かに、初めて飲んだ気はしないですね。あ、初めてじゃないといえば」 ナインは先端を黒く染めた長い耳をひょこりと立てる。サンゴはコーヒーの処理を諦めたのか、皿の上に並ぶパンプキンパイの消化に余念がないようだ。 「サンゴと救助隊をやりはじめてから思ったんですけど、わたし、こういう仕事をしていたような気がするんです」 「こういうって、ギルドみたいな?」 「はい。誰かとチームを組んで、困っているひとを助けていたような、そんな気がします」 ナインたち救助隊≪きらら≫は、しばらくトレジャータウンに留まるという。そろそろお暇します、と腰を上げたナインたちに、ビスコはウブのツルで編んだバスケットを手渡した。中には余ったパンプキンパイが詰められている。 「いいんですか、こんなに」 ぱあ、と顔を輝かせるナインとサンゴに、ビスコは悪戯っぽく笑う。 「喫茶≪サボタージュ≫は、貴方のご来店を心よりお待ちしております」 デジャ・ヴュ (≪丸成≫のビスコ…何か思い出せそうな) (おお、見ろナイン! あそこに奇怪な施設が!) (どこ行くの二体ともー!? 考えてる暇なんてありゃしない!) [*前へ][次へ#] |