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喫茶≪サボタージュ≫へようこそ!
ロマンティックあげるよ

「…寒いね、マルセイさん」

 トレジャータウンに深々と、雪が降り始めていた。数多のポケモンたちによって踏み固められた粉雪は、とうの昔に見慣れた土を覆い隠してしまっている。草タイプのポケモンは、総じて寒さに弱い。この季節の先に待つ、春の花を思わせる桃色の体色を持ったセレビィのメルティは、小さく吐きだした白い呼気を紅くなった掌へと押しつけた。

「そうだな…いくら冬を迎えても、これは慣れるものじゃない」

 ジュプトルのマルセイは、金色の鋭い眼光を心底嫌そうに曇らせて自らの両腕を擦る。彼の心象に比例してか、頭からすっと伸びた線形の葉も、元気なく萎びているようだった。その様子がおかしくて、メルティはころころと鈴を転がすような笑い声を上げる。

「何だメルティ、どこかおかしいか?」

「何でもないの。…そうだ、マルセイさん。これを」

 メルティは肩に下げていたトレジャーバッグから、赤色の塊を取り出した。マルセイが彼女から受け取ったそれを広げてみると、赤い毛糸は細長く帯状にほどけていった。

「これは…」

「ガルーラのおばさんに教えてもらったの。毎年、マルセイさん寒そうにしてるから」

 メルティに催促されて、マルセイはくるりと手製のマフラーを首に巻きつけた。じんわりとした暖かみが、冬の厳しい寒さから彼を守る。たった一枚首に巻いただけなのにこうまで異なるとは、とマルセイは内心ニンゲンの知恵に舌を巻いた。元ニンゲンである彼の相棒は、炎タイプに転生したおかげで冬にはまるで困っていない様子だが。

「しかし…俺には少し派手じゃないか」

「そんなことないわ。やっぱり、よく似合ってる」

 赤色なぞ普段見に付ける機会がほとんどないマルセイは若干の気恥ずかしさを覚えたが、メルティが嬉しそうに手放しで褒めるものだから、満更でもない気持ちになってくる。雪の中、ひらひらりと蝶のように踊るメルティは、今しがた防寒具を手に入れたマルセイとは違い何も身につけていない。一寸前はマルセイと同じく寒さに凍えていた彼女は、自分のマフラーを作ることはまるで考えていないようだった。

「メルティ」

 マルセイははしゃぐ彼女を手招きし、自らの近くへと呼びよせる。何の疑問も持たずにマルセイの側へと寄ってきたメルティに、彼はマフラーの一端を彼女の首へと巻き付けた。

「少し短いが…これでお前も暖かいだろ」

「マルセイさん…」

「ありがとう、メルティ」

 自然、至近距離になったマルセイの顔が、ふわりと柔らかくほころぶ。それは、今しがた巻かれたマフラーの暖かさにもよく似ていた。



「なんちゃって! なんちゃって!」

「相変わらず、恋する乙女の妄想力は凄まじいわねー」

 風変わりなリザードが経営する喫茶≪サボタージュ≫。そのカウンター席でじだじだ悶えているメルティの妄想…もとい、願望に付き合っていた店主のビスコは、彼女からぽこぽこ飛び出してくるハートマークを払いながらすり鉢で木の実を砕いていた。店で出しているコーヒーその他のブレンドに必要なのである。

「で、いつ渡すの?」

 今日は甘ったるいブレンドになりそうだ、と内心で呟きながら、ビスコが容赦ない質問を浴びせかける。さっきの勢いはどこへやら、その一言でメルティは冷水をかけられた炎タイプのように沈静化し、やがてカウンターに突っ伏した。

 メルティの器用さはかなりのもので、今の寸劇もマフラー云々だけは妄想ではない。ギルドの仕事の隙間を縫って倉庫番のガルーラおばちゃんの元へ足繁く通い、立派なマフラーの完成までは漕ぎつけているのである。

「…いつ渡すの?」

 彼女に今ひとつ足りないのは、ここぞというときの押しの強さだった。すり鉢の中の木の実がごりごりと鳴る度に、メルティの精神もゴリゴリ削られているような気がするのはビスコだけではなく、店内で働くヤミラミたちや、話の一部始終を聞きかじった他の利用客も同様だろう。

 ビスコは一旦すりこぎから手を離し、恋する乙女を応援するためのとびきり甘いショコラテを淹れるべく、コンロに火を入れた。

 喫茶≪サボタージュ≫は、貴方のご来店を心よりお待ちしております。





ロマンティックあげるよ
(早く渡さないと、春になっちゃうよ)
(うっ…)


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