黄色いリボンに赤い薔薇を添えて(狡噛)
ある捜査のときだった。エリアストレスが上がった地区で見回りをしていたとき、目の前に、いかにも高級そうな黒塗りの車が止まった。
「ともちゃーん!」
おりてきたのは厳つい車に似つかわしくない好青年だった。
こっちに向かって手を振っている気がするが、気のせいだろう。だって、一係には「ともちゃん」なんて名前の女性はいない。
しかし、青年は手を降ったままこっちにどんどん近付いてくる。目の前にくると、プクーと頬を膨らました。
「もー無視しないでよともちゃん」
「その呼び方はやめろと何度言えばわかるんだ?」
「!」
はーやれやれといった様子で肩をすくめる柾陸に、一係の面々は面食らった。柾陸智巳、たしかに『ともちゃん』だ。
そして、狡噛は改めて青年の顔を覗き見て、さらにぎょっとする。思わずくるりと彼らに向けた背に、何も知らない縢が囁きかける。
「コウちゃん。あのお兄さんだれかな?とっつぁんの知り合い?」
無邪気な縢に、狡噛はがっくしと気落ちする。
「縢おまえ、自分の上司の顔くらい覚えておけよ」
「え、あの人、厚生省の人間なの?」
狡噛の言葉に、縢は目を丸くした。冷静に六合塚が回答する。
「神鳥風事務次官よ」
「えぇ!?てことは、撰華ちゃんのお父さん?!」
「ということになるわね」
「お前さんがムチャクチャなのは今に始まったことじゃないが今日はどうしたんだ?」
「やだなームチャクチャだなんて」
触らぬ神に祟りなし。どちらかというとそう言いそうな柾陸が珍しく親しげにしているものの、懐古でもなんでもない自分には関係ないだろうとたかをくくっていた。お偉いさんと関わるなんてめんどくさい。
宜野座がソワソワと落ち着かない様子なのが気にかかる。
「今日は娘の彼氏を見にきたんだ」
「ブホァ」
「コウちゃん大丈夫!?」
いろんな意味で不意打ちだったので、気管を詰まらせてしまった。
ゲホゲホと噎せる背中に視線が突き刺さるのを感じる。
「・・・意外と男前だねー?」
「意外かー?」
ちょっと待って欲しい。反応だけで、全てを悟ってる風な声を投げ掛けられたが、断じて違うと物申したい。
恐る恐る彼らを窺うと、上半身を捻ってこちらを見ながら、にこにこと嬉しそうに微笑んでいる(柾陸はニヤニヤしていた)。
てくてく、と近寄ってきて狡噛の前に立つと、溢れんばかりの笑みで挨拶をしてきた。
「はじめまして!」
「・・・初めまして」
「僕は撰華の父親で神鳥風大空と言います。よろしくね」
目上というとことを忘れそうなほど至極丁寧に挨拶をされてしまったからには無下にはできない。
「・・・狡噛慎也、と言います」
監視官時代、遠目には見たことがあるが、実際に近くで見るのは初めてだった。
近くから見て意外だと思ったのは、彼がとても小柄だったこと。シビュラ導入前は刑事だったと聞いたが、女性のように線が細くて、本当に犯罪者を取り押さえることができたのか思わず危惧してしまうほどだった。顔はなるほど、彼女の面影がある。
縢が「お兄さん」と呼んでしまったのも頷ける。しかし、たしか彼は柾陸と同期だったはず。とても見えないが。
「あのね、今日は撰華に伝言頼まれたんだ」
「はぁ」
「『今日はどうしても外せない用事があって参れませんけれども寂しく思わないで下さいましね』だって」
「あ、それは大丈夫です」
つーか、約束してねーよ。と流石に父親の手前、心の中だけで呟く。
「あと、『愛してますハート』だって」
父親に何言わせてるんだ!?流石に頭が痛い。
「お言葉ですが、彼女の彼氏ではありません」
「あれ、そうなの?」
誤解を早めに解かねばなるまい。我ながらおかしな日本語だと思ったが、どうやら通じたようだ。
「彼女にはまだ未来があります。貴方からも娘さんに健全な人生を歩めるよう諭してやってください」
要は、彼女に狡噛を諦めるよう諭してほしいという遠回しな要望だったのだが。
「あはは。娘の人生は娘が決めるからね〜。それに僕からしたら君も充分未来多き若人だよー」
なるほど。流石、あの子にして、この親あり、だ。
***
じゃあまた来るねー!と言って去っていく大空に(また来るのか)、緩く手を振る柾陸と、千切れんばかりに手を振る宜野座。なんとなくそうしないといけないような流れで、狡噛と縢も小さく手を振った。一人、流れに乗らない六合塚は流石だ。
彼は元刑事の割には自分に対して普通に接している。思わず、親子なのだ、と思ってしまう。
いつだったか誰かが言っていたが、執行官にお礼を言う監視官は珍しいのだそうだが、彼は言いそうだ、と思ってしまった。なんとなく。
黄色いリボンに赤い薔薇を添えて
(それは刑事の勘なんてものではなく、もっと曖昧な感情からだったが、何故だか自分が人間らしく思えた。)
パパン初登場!どこのお偉いさんにするかはまだ未決定ですが(笑)他のキャラとの絡みも書きたいですね。ヒロインよりも書きやすいです(笑)
仮タイトル『父親』
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