はじまりのはじまり(狡噛)
「シビュラの適性判断により民間人から新たに刑事が配属されることとなった」
( マ ジ か よ )
至極真面目に言われた禾生の言葉に、恐らくその場にいた全員が同じことを思っただろう。監視官、執行官、犯罪係数の高低に拘わらず、満場一致だった自信がある。
文面だけを見れば、禾生がもたらした発表には何も可笑しいところはないだろう。しかし、百聞は一見に如かず、だ。何故なら、禾生の横で大人しく紹介されている新しい刑事というのは、ランドセルを背負う年齢の“子供”だったのだ。
***
彼女───神鳥風撰華が入局して早数日。もともと良家の出だったらしく、保護者による過大な英才教育を受けていた彼女は、高校までの課程を既に修得していた。飛び級も納得の天才ぶりだった。
しかし知識を身に付けることと犯罪者を捕まえることは別物だ。最終考査で過去最高点を叩き出した狡噛が思うのだからそれは確かだ。そしてこの日は彼女にとって初の出動要請だった。
「悪いが刑事課の人手不足は深刻でね。年令、性別に拘わらず、お前を新人扱いはしていられない」
相棒の突き放した物言いに、おいおい、と思う。
「はい。そのつもりですわ」
しかし、少女はむしろ挑発的に返した。
己れの初出動と比較してしまったのか、宜野座は余裕を滲ませる撰華にひとつ鼻を鳴らす。
「ふん。ではお手並み拝見しよう。狡噛。彼女を連れてB地点へ向かえ」
「おいおい。お手並み拝見するんじゃないのか」
言うなり、彼女から離れようとする相棒に、狡噛は揶揄する。
「この仕事に過程を見る必要はない」
つまり、結果が全て。成果を出してから判断するということだ。
***
「怖いか」
B地点へ移動する道すがら問いかけられ、撰華はゆるりと狡噛を見上げる。
「いいえ」
一切の迷いなく、そう答えた少女に口角を上げる。
一瞬も逸らすことなく、こちらを見上げる黒曜石のような相貌は、甘さこそ捨てきれていないが、確かな“覚悟”を秘めていた。
小さな頭に、ぽん、と手を乗せる。
「上等だ」
それでも、彼女の小さな指先が僅かに震えていることに気付けないほど、狡噛は愚かではない。しかし、それを悟られまいとする少女の姿勢に彼は感心した。
誉められたとわかったからか、少女は大きな手を乗せられた頭を少し俯かせた。
「俺は怖いよ」
しかし付け足された言葉に、ばっと勢いよく顔をあげる。
「それは・・・」
幼いながらも見分する瞳が自分を探っているのだと思うと、とても愉しい。
「わたくしが足手まといだからですか?」
その瞳に浮かぶのは強い意志だ。まったく、シビュラの判断は神の采配に等しいと思う。
「君は自分が足手まといだと思うのか」
からかうような狡噛の問いかけに、少女は即座に返した。
「明らかに大人より経験が少なく、能力の低い子どもをつれて、命の危険を伴う場所へ向かうという状況が、あなたの能力をいつもよりはっきさせなかったとしても仕方のないことでしょう」
淡々と話すそれは嫌みではなく、彼女自らが考えた『事実』なのだろう。頭の回転が速い子だ、と思う。
「すまん。意地悪な言い方だった」
小さな頭を、乗せたままの手で軽く叩く。子供の髪は細く滑らかだ。
「『怖い』と言ったのは『君と仕事をするから』じゃない。俺自身の、今の正直な気持ちだ」
「狡噛監視官でも怖いと思うのですか?」
確か彼は撰華よりも三年先輩だったはずだ。意外そうな声に狡噛は肯定も否定もせず、小さく微笑んだ。
「どんなに多くの犯罪者を検挙しても俺達の仕事はなくならない。初めて会う犯罪者を怖いと考えるのは仕方のないことだろう?」
先ほどの自分の言い回しを使われて、撰華は赤面する。狡噛の言い方は嫌味ではなく事実だったが、何故か恥ずかしいと感じた。
新人だからと、撰華は思われたくなかった。ただでさえ年若いというだけで、能力を危ぶまれるのだ。しかし、そう思うことこそが、『新人らしさ』だと、彼は言いたいのだ。
「恐怖を感じるのは何も悪いことじゃないさ。生き残るために必要な能力だ。無理に否定することじゃない」
撫でる手に添って小さく頷く。彼の言葉は不思議なほど、するりと撰華の耳に浸透した。
「シビュラから適性を認められたんだ。あんたはそのままでいいんだよ」
はじまりのはじまり
(その時浮かべた最初の微笑みが、今もずっと、瞼の裏に焼き付いている)
それはまるで、ゆっくりと浸食する毒のように───。
はじめての『お仕事しましょ♪』狡噛さんverです。かといって、他のverは無いですけど(笑)
最初はヒロインさんは普通の子でした。まぁスパルタ教育のおかげで同年代の子よりは異様に賢い子ですが。
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