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ぼくのわるいまほうつかい(禾生)



「やぁ禾生君。今日は藤間君かな?調子はどうだい?」
「神鳥風事務次官。お陰様でつつがなく」

 義体の体に調子も何もないとは思うが、相手は一応上司にあたるので、禾生である藤間はそう答えた。藤間が運営できる義体は禾生壌宗のものと何体かあるが、その間は組織としての縦社会が付きまとう。藤間はそれが苦手だった。
 高級官僚は軒並み義体化されており、シビュラの中でも決まった脳が複数で義体を運営している。禾生を担当する脳も藤間含めて四人いる。しかし、それは人格のぶれを最小限にし、一般人にシビュラの正体をそれと知られるのを避けるための措置である。ひと度、シビュラシステムへとユニットされれば、そこは意識の共有化、上下関係などありはしない。なので、普段は官僚同士で会話することなど、無いに等しいのだ。───目の前の神鳥風大空以外は。
 彼はシビュラ導入後初の、高級官僚に在りながらいまだ、生身のままなのだ。
 彼が官僚へ昇格したのはシビュラ導入から数年経った時だった。当時はまだ免罪体質という言葉はなく、犯罪係数が低く、色相を美しく保てる人間が対象だった。しかしそれでも数は多くはない。類い稀なる犯罪係数の低さと色相の美しさに、彼は即座にシビュラへ勧誘された。
 しかし彼はそれを拒否した。脳だけの存在になるということはつまり“人間”としての死を意味する。抵抗を示すのは別段珍しいことではなかったが、彼のは抵抗ではなく、完全なる拒絶だった。これにはシビュラも問題ありと騒いだものだった。特に彼は最初こそ、シビュラの読み通り、ユニットへの参加を受け入れる体勢だったのだ。一体全体、短期間に何があったのか、と気を揉んだものだが、原因は至極明解だった。

 娘が産まれたのだ。

 彼には歳の離れた妻がいる。新婚ではなかったが、身籠ることのなかった夫婦に待望の赤ん坊が授けられたのだ。彼はそれを『ギフト』と呼んだそうだ。随分古めかしい表現だと思う。
 勤務時間以外は義体で家族と過ごせるようにするなど、シビュラはかなり譲歩した条件をいくつも提示したが、彼は頑なに首を縦には振らなかった。
 人ではなくなることへの抵抗は彼には無かったが、「娘の死に目に会いたくない」というのが彼の意見だった。たったそれだけで、彼は人間としての“死”を選んだのだ。そして、いつか娘に人生の選択肢を選ばせる時、父として正しく導いてやれるように、自分も“人”で在りたい。と。
 シビュラの正体を知った以上、はいそうですか、とほっとくわけにもいかず、総意としては残念ながら処分も吝かではないこととなった。その旨を伝えると、彼は微笑みすら浮かべ「娘に片親の苦痛を味わせてしまうのは如何ともし難いが、そうなれば僕は人として死ねるね」と言い放ったそうだ。共に生きたいと言いながら、本末転倒も甚だしい。しかしその瞬間の彼の犯罪係数は0を記録している。今思えば、彼が『免罪体質』という概念の“はしり”だったかもしれない。しかし彼の思考回路は酷くまともなものであり、至って人間らしいものだった。
 結局、彼がしたのは組み入れへの拒絶だけで、シビュラにとっての脅威を示す材料はほとんどなく、四六時中監視がつくこと、シビュラの存在を脅かす個体と認識されれば即座に処分されることを条件に、彼はシビュラ導入後、初の、生身のまま官僚入りしたのだ。そして彼は生身のままどんどん昇進していき、とうとう一般職での最高地位である事務次官にまで上り詰めた。
 そんな背景など、藤間がシビュラへ入る前のことだ。知ったこっちゃないというのが藤間の意見だったが。“禾生壌宗”として存在する以上は蔑ろにも出来ず。この官僚ごっこにも付き合わねばならない。
 藤間は彼が苦手だった。まるで全てを見透かすような瞳が気色悪い、と思う。今も一目見ただけで自分の正体を見破ってきたのだ。曰く、長年シビュラの脳が入った高官たちと付き合ってきたため、目付きや纏う雰囲気だけでその違いが分かるとのことだった。刑事の勘、とも。それが藤間には理解不能だった。初めて会った時なども言葉を交わす前に「あれ?君新人さん?なんていうの?」「禾生壌宗ですが」「そーじゃなくて〜人間の時の名前だよ」なんて言ってきたのだ。肉体を失って初めて薄ら寒いものを感じたものだ。肉体があった時ですらそんな体験はほぼなかったというのに。






ぼくのわるいまほうつかい
(王は民の気持ちを理解できない。何故なら王は王となった瞬間に民ではなくなるのだから)













パパンはたぶん藤間が生きてる時に出会ってたら『わるいまほうつかい認定』をくらってたと思う。


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