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熱帯夜(狡噛)



 虫も眠るような深夜。

「慎也さん」
「何だ」

 二人の男女が向き合って座っていた。

「これはいったい、どういうことですか?」

 しかし、艶めいた雰囲気はなく。どちらかと言えば、悪さをした子供に説教をしている図に近い。

「すまん」

 にっこりと小首を傾げて訊ねられたそれに、床に座したまま狡噛は深く頭(こうべ)を垂れた。いっそ潔いそれを見て、向かい側で姿勢良く正座をしていた撰華は小さく嘆息する。

「質問の答えになってませんわ」

 と、言っても、撰華は洞察力が低いわけではない。どちらかといえば、鋭すぎるくらいである。現状のことは、一目見て理解していた。狡噛もそれを見越しての謝罪だったのだろう。ただ、そこに至るまでの過程が知りたいのだ。

「突然真夜中に『助けてくれ』なんて言うから何があったのかと思えば・・・」
「まて〜しょーとけーきのいちご〜」

 むにゃむにゃえへへ。突然聞こえた舌っ足らずな声に、二人は視線をそこへとずらし、お互いを見遣ると、今度は二人同時に嘆息した。
 座り込んだ二人の傍ら、二人掛けのソファを陣取って、常守朱が幸せそうに寝こけていた───。







 ***







 いい酒が手に入ったという征陸の御相伴に与ったのが常守と縢だった。そしてつい最近、初めて飲酒する新成人にこてんぱんにされた縢が征陸に助け船を求めたのだ。といっても、当人たちは敵討ちのつもりはなく、縢がほんの少し仄めかしただけだ。朱ちゃんお酒強いんですよ、と。
 それが始まりだった。悪夢の。
 結果を言えば常守の圧勝だった。あっさりと征陸は撃沈し、赤い顔で「まいった」と両手を上げて、なんとなく始まった飲み比べは呆気なく終わりを告げた。そして酒の肴を作り終えた縢とまた飲み、途中、つまみを追加する為にまた縢が退席した間も飲み、戻ってきたらやっぱり飲み、縢が潰れてからも飲み、とにかくひたすら飲んでいたらしい。
 らしいというのは、撰華も狡噛もその場面を見ていないから。征陸曰く「あれはウワバミという名の怪物だ」とのこと。

「それで、情けなくも慎也さんに助けを求めた、と。伸元さんに連絡すれば解決したのでは?」

 一係で唯一彼女を自宅まで送り届けることができる人物だ。しかも送り狼になる心配がまったくない。シビュラの判断でもこれ以上の適任はいないだろう。(至って誉め言葉だ)

「それは是非止めてくれと懇願されてな」
「慎也さんは優しすぎます!」

 本当の父のように尊敬する征陸や、いつも自分に懐いている弟分の縢に懇願されては断れなかったのだろう。まぁ、相手がその二人であるに関わらず、自分が出来ることなら断らないのがこの人の性質なのだが。そして大抵のことはやってのけてしまえるのだから始末が悪い。

「まぁ一番にわたくしを頼って下さったのは嬉しいですけどね」

 そんな狡噛からの『助けてくれ』だったからこそ、撰華は一も二もなく飛んできたのだ。
 そう言えば、狡噛が不思議そうな顔をしたので、撰華の方が首を傾げる。
 失礼ながら常守はまがりなりにも女性である。彼が泥酔している女性をかどわかしたりはしないとは信じているが、いろいろ勝手がわからず自分を呼んだのだろう、と思ったのだが。どうやら違うようだ。

「お着替えとか、お手伝いの為に呼んだのではないのですか?」
「いや、まったく」

 いや、しましょうよ。
 まさか、スーツのままソファに転がしておくつもりだったのだろうか。と撰華は種々と想像して戦慄する。

「常守はまがりなりにも女だろう?」
「その言い方は失礼ですわよ」

 撰華も先ほど、まったく同じことを考えたが、口にはしていない、考えただけだ。だから、同罪ではない。

「だから、後から説明するより見てもらったほうが早いと思ってな」

 ガン、と頭を殴られたような衝撃。

「まきしまぁ〜はさみうちだ〜たいほする〜!」

 常守がバタつかせた爪先が、運悪く彼女の足側に座っていた狡噛の後頭部に当たり、前へつんのめった彼の額と、やはり彼の正面に座っていた撰華の額とが激突した。これは痛い。狡噛に至っては前頭部だけでなく後頭部もだ。はさみうちだ。
 二人して這い這いでソファの裏側へ避難して傷みをやり過ごす。

「撰華、大丈夫か?」

 先に回復した(タフ)狡噛が踞ったままの撰華の肩をつかみ、顔を覗きこんで面食らった。物理的な意味でなく。

「そんなに痛かったか?」
「しんやさんのばか!」

 彼女の両の瞳から、ししどに、透明な雫が溢れていた。ちなみに顔は可哀想なくらい真っ赤になっている。恨みがましい目が何か言いたげに揺れていた。言っておくが、今のは自分のせいではない。いや、とても口に出して言えないが。

「慎也さんの馬鹿!」
「お?おお、すまん」

 同じことを繰り返し言われた。とりあえず謝っておく。

「意味もわからずに謝らないでください」

 ばれた。

 途方にくれて、とにかく彼女の額を撫でれば、その手は振り払われることなく彼女の頬へと引き寄せられたので、それはよかったらしい。

「そんなことの為に、呼んだんですか」

 すん、と鼻を鳴らしながら、弱々しく吐かれたそれは怒りよりも呆れが滲んでいて、潤んだ瞳が扇情的だった。

「やっぱり迷惑だったか?」
「迷惑ですよ普通は」
「そうか・・・」

 だろうな。

 きっぱりと返されたが、自分でもそう思うので静かにしておいた。

「でもそれ以上に、喜んでしまう自分の愚かさにムカつきます」

 また、ばか、と罵られた。ちょっと心臓が煩くなったのは秘密だ。









熱帯夜
(嵐よりも拗ねたキミのほうがボクは怖い)













酔っ払い=嵐って話ですよ。(違う!)
朱ちゃんだっていつかは潰れるよね流石に。という捏造。
安請け合いして酔っ払いを預かったのはいいけどまた常守さんと二人っきりになっちゃったぜ。ヒロインがまた拗ねちゃうぜどうしようたすけて。で、まさかの本人召喚しちゃったテンパり狡噛さんを書きたかったのにどうしてこうなった?

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