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恋の花(狡噛)



「おやめください、だって〜」
「ひぇ〜お姉さん上流階級?」

 街中の騒がしい雑音の中から、ぼそぼそとしかしやや高めな声が耳に飛び込んだ。そちらに向き、よく目を凝らせば、薄暗い路地裏に数人の背中が見える。刑事の勘が働いた。

「色相すんごいキレイだね〜実は俺らのこと好きなんじゃないの?」

 近付けば、街頭から見えたのは二人の男だったが、それらの背に隠された奥側に、もう一人いるようだ。

「さっきの女の子お姉さんのせいで帰っちゃったし、かわりに相手してくれるんでしょ?」

 その会話だけで、彼らがどういう関係か一瞬で判断がついた。
 事件が終わったばかりでやっと帰れると、仲間の合流を待っている矢先の出来事だった。

「申し訳ありませんが、貴殿方と御一緒はできかねます」

 凛、とした声が響く。色相が濁った人間の声や音に特化した耳にも、その声は大きく鼓膜を振るわせる。

「貴殿方をお引き留めしてしまったことは申し訳なく感じておりますわ」

 恐怖も憤りも感じさせないその音の色は、雑踏の中、アスファルトに落ちた淡雪のように酷く目についた。

「ですが、先ほどの女性は急いでいるご様子でしたし、わたくしもこの後人と会う約束がありますので」

 誠に申し訳ありませんが、失礼させて下さい。あくまでも相手の同意を得ようとしているのか、その場を立ち去りたいとは微塵も感じさせず、彼女は毅然とした態度を崩さない。それは真摯にすら感じた。目の前の男逹も例に漏れず、自分たちに敬意を払い続ける女性に毒気を抜かれたようで、こっそり測ったサイコパスは好転しているようだった。

「で、でもさ〜」
「そこまでだ」

 それでもまだ諦めきれなかったのか、尚も食い下がろうとする男逹に、狡噛は時間切れだとドミネーターを向ける。

「ひぃっ・・・!じゅ、銃!?」
「公安局の刑事だ。おまえらブタ箱に容れられたくなければそれくらいにしとけ」

 本当は犯罪係数が下がっていたのでトリガーはロックされていたのだが、それは自分にしかわからないことだ。こけおどしにはなるだろう。

「しつこい男は嫌われるぜ?」

 ニヤリ、とトドメに笑って見せれば、男逹は蜘蛛の子を散らすように退散していった。人目につきにくい路地裏だからこそ出せた重いだけの文鎮をさっさとしまう。騒ぎになればまた宜野座に小言を言われる回数が増えるだろう。それはごめんだった。

「ありがとうございました」

 ふと、お礼を言われて、絡まれていたらしい女性がまだ逃げていなかったことに気が付いた。

「あぁ、あんたまだいたのか」
「助けていただいたのに、お礼もせずにお暇なんてできませんわ」
「俺の助けは必要なさそうだったがな」
「それでも、助けていただいたことにはかわりがありませんもの」

 女は美しかった。ただ声だけで勝手に清楚なイメージをしていたのだが、女性は扇情的な服装をしていたのが口調に似合わず意外だと思った。上着の中のインナーは下着のラインギリギリまで下がっており胸の谷間が覗いている。スカートも短く、白い太股が惜し気もなく曝されている。
 彼女が名を名乗り、自分の名前も訊ねられる。

「お名前を教えていただけませんか?」

 後日、御礼に伺います。と言われて、狡噛はその申し出を丁重に断る。

「悪いが、俺は一般人との接触を制限されている身なんでな」

 執行官は基本行動の自由は許されておらず、指定されたエリア外へ出るにも監視官の同行が必要だ。ましてや外界との通信手段など逃亡の助長になりそうなものは全て禁止されている。

「でも、せめてお名前だけでも」

 熱っぽい視線で食い下がられて、狡噛は思わずたじろいだ。彼女のように『女』を意識させる異性は苦手だった。渋々折れる。

「狡噛、慎也だ」
「狡噛慎也様・・・」
「・・・『様』は止めてくれ」
「では慎也さんとお呼びしても?」
「あ、ああ・・・」

 様付けなんて柄でないにもほどがある。そっちのほうが断然マシだ。狡噛は小さく頷いた。
 そこで初めて狡噛は彼女の顔を見た。鎖国なんてもう何百年も昔のこと、多種多様な民族の血が混じった今時にしては珍しく、彼女の瞳は、闇を切り取ったような、漆黒、だった。

「あの・・・お願いしたいことがあるんですが・・・」
「・・・なんだ?」

 あまりいい予感はしない。薔薇色の頬を見てそう思う。いつの間にか壁際まで追い詰められている。可笑しい。絡まれていた女に絡まれている。

「今、お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」

 あぁこれはダメなパターンだ。あまり経験はないが、刑事人生に培われた勘がそう告げている。

「いや、居ないが・・・」

 やはり勘が良くても経験がなければ駄目だ。咄嗟のこととはいえ、何を馬鹿正直に答えているのか。目の前の明るくなった表情をみて悔いる。予測できても回避出来なければ意味はないというものだ。

「でしたら・・・」

 またいつの間にか両手を握られていて身動きがとれなくなっている。神に祈るようなポーズに、背筋がぞっとした。


「わたくしに・・・貴方の子供を産ませて下さいませんか?」


 どうしよう。










 一目合ったその日から、

  恋の花咲くことも・・・なかったり。



(あ!慎也さんどちらへ!?)







 とりあえず走って逃げた。













この2人の出逢い編です。狡噛さん全力で逃げて!()←
ベタに『絡まれているところを助けられ一目惚れ』と、最後の『子作りしましょ♪』まで決まってました(オイ)。ベタというか王道は難しいですね。管理人にしては珍しく恋するヒロインちゃんなので大切に書きたいと思います。

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あきゅろす。
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