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天使の午睡(レヴィ)




 こん、こん。



 ともすれば聞き逃し兼ねないほど控え目なノック音に、レヴィはニヤつかせてた顔を上げた。

 気のせいか、と、じっとドアを見つめているとまた聞こえるノック。



 ・・・可笑しい。



 レヴィは緊張した面持ちで出入口を凝視した。


 普段、任務以外でヴァリアー同士に交流はなく、レヴィの部屋にわざわざ訪れる客人など今までほとんどいなかったのだ。一瞬風の音かとも思ったが、注意を払うと扉の外には確かに人の気配がする。


 一体誰が。


 レヴィはゆっくりと、いつでも武器を抜ける体勢で扉を開けた。


 きぃ、と軋んだ音を立てる入り口を顔半分まで開けて外を覗く。

 しかし、そこには誰もいない。

 やはり、気のせいか。しかし、人の気配がしたはずなのだが、とレヴィは不思議に思いながらドアを閉めようとする。と、


「こんにち、は」


 ぽつり。と、葉から零れ落ちる朝露のような小さな音が静寂(しじま)を揺らし、レヴィは、はたと手を止める。
 もう一度ゆっくりと戸を開きながら、視線を下に落とした。


 そこには小さな黒い生き物がきょとん、と不思議そうに此方を見上げていた。


「はじめ、まして。レヴィさん」


 辿々しい自己紹介のあと、年の割に随分と丁寧な挨拶をして、幼児は黒い頭をぺこんと下げた。


「これから、よろしくおねがいします」
「・・・そんなことをわざわざいいにきたのか?」
「? はい」

 まさか一人一人に挨拶をして回っているのだろうか。そんなこと、足取りも覚束無い幼子のすることではないし、なによりそんなことをしても誰一人この子供のことを気にかける人物はこの暗殺集団の中にはいないだろう(世話好きなルッスーリアや何気に面倒見がいいスクアーロは兎も角)。普段から既にお互い自由奔放に生きている面々ばかりだ。今さら小さな人間が一人や二人増えたくらいでは、ここの人間に影響はないだろう。
 しかし、目の前の黒い子供は、それが自分に与えられた使命だとでもいうように、真剣な眼差しで此方を見上げている。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」


 しまった。会話が無くなってしまった。
 この場合、自分が何か話した方がいいのだろうか。ふと、降りた沈黙に、レヴィは無言のまま考え込む。
 だがしかし。幼い子供の喜ぶような話術など、レヴィが持ち合わせているはずはない。子供の喜びそうな話題などさっぱりわからないのだから。
 唯一出来る自己紹介も幼子が自分の名前を呼んだことで必要性はなくなってしまった。
 彼の中では自己紹介はお互いの名前を知るためのものにしか過ぎなく、嗜好品や趣味を訊ねることもできるのだという概念は存在していないらしい。


「あ」


 ふと、幼子が唐突に声を上げた。それは小さな体から発せられたものに見合って、小さく、か細いものであったが、緊張しているレヴィにとっては心臓が跳ね上がるほどの衝撃だったらしく、大の大人が小さな子供のたった一言に、雷に撃たれたのかと思うほど身体を波打たせた。


「おへやに、はいっても、いいですか?」
「・・・・・・・・・別に、構わんが」


 何故?と、思わなかったわけでもないが、特に断る理由もなかったので承諾すれば、小さく「ありがとう、ございます」と言って、黒い小人が室内に侵入する。


「・・・・・・おおきい」


 まるで未開の洞窟に潜り込んだ冒険家のように、興味深く辺りを見回す様はとても子供らしい。
 レヴィの体躯は常人よりも大きめなので家具もそれに合わせている。何よりもヴァリアーの幹部ともなれば、それなりに広い部屋を与えられるので、スペースを埋めるために装飾が多いものが置かれるようになる。
 母親と二人暮らしだったらしいこの子供からすれば、レヴィの部屋は十分に広く、物珍しいものばかりだろう。


(・・・これからどうすればいいんだ)


 断わる理由が見つからないので、つい部屋に上げてしまったが、これからどう対応すべきなのか見当もつかず、レヴィは途方に暮れてしまった。
 そんな彼の心情も知ってか知らずか、黒い小さな生物はチョロチョロと部屋の中を動き回っている。


(ゴキブリと間違えたと言って殺してもいいだろうか・・・)


 そもそも、レヴィは子供が苦手だった。というのも、不思議そうに見上げてくる円らな瞳に、10年ほど前に自分を苦しめた幼児を思い起こさせるからだ。
 とりあえず、立ち尽くしていた入口のドアを閉める。
 部屋の中を改めてみると、子供の姿が無い。


(消えた!?)


 そんな馬鹿な!?と、レヴィは辺りを見回す。
 先ほどまでその辺りをてってってっと歩いていたのに。人が消えるはずがない。


(ど、どこだ・・・!?)


 しかしその焦りも杞憂に終わり、すぐに見つかった。
 寝台のシーツが不自然に膨らんでいる。


「?」


 不思議に思ったレヴィはおそるおそるシーツを捲り、中を覗き込んだ。


「・・・!」


 シーツを捲ってレヴィは愕然とした。
 幼子を見付けたのだ。シーツの不自然な膨らみの正体は幼児だったのだ。それまではいい。

 ただ・・・


「・・・・・・すぴー、すぴー」
(ね、寝てるー!?)


 目を離したほんの数十秒で、幼子は夢へと旅立ってしまったようだ。そんな馬鹿な。


「・・・お、おい!」


 起きろ、と呼びかけてみるが、子供の小さな双黒は固く閉じられたままで、ピクリともしない。
 揺さぶって起こそうとレヴィは子供の肩に触れてみる。そして、その温かさと柔らかさに酷く狼狽した。
 ふと、投げ出されていた手のひらに目を落とす。レヴィの親指分くらいしか直径のないそれに、頼り無さを覚える。自分のような粗忽物が触れれば、すぐに折れてしまいそうだ。
 紅葉のような手のひらに、自分の人差し指で触れてみる。と、幼子がぎゅっと握ってきて、レヴィは肝を冷やされた。
 とても柔らかいものがレヴィの指を包み込んでいる。暖かく、甘い匂いを放つそれはまるで砂糖菓子のようだ。


(小さい、な・・・)


 胸中で率直な感想を浮かべ、直ぐに当たり前だと思いなおす。人間誰しもが、赤子として生まれ、子供から大人へと成長するのだから。
 引き抜こうと思えば、すぐに子供の手を振り払うことはできただろう。しかしレヴィは子供が目を覚ますまでこの温もりを享受するのもいいだろうと思った。











使
(ねぇレヴィ、おチビちゃん知らな・・・ってキャー!レヴィったら不潔!)
(な、何の話だ!?)
(みんなー!レヴィがおチビちゃんを部屋に連れ込んでよからぬことをー!)
(ご、誤解だ・・・ッ!)
(んだとぉおおおお!?)
(マジでー?最悪だなムッツリ)
(・・・変態雷親父)
(違うーーー!!)









誰にも信じてもらえない、哀れなレヴィ。


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あきゅろす。
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