三浦ハル
「ツナ、どうしたのその頬!?」
‡標的12‡ 三浦ハル
朝出て行くときはなんともなかったのに、夜見た弟の顔は酷く腫れ上がっていた。揚羽は慌てて駆け寄り、赤くなった頬にそっと触れる。
「ど、どうしたのっ?誰かにいじめられたの?」
あわあわとしながらも、控えめに心配してくる姉の手は、いつもひんやりとしていて、普段はあまり触れられるのを好まない綱吉も、今日ばかりは患部の熱にとてもよく染みた。
「いじめっていうか・・・これは、通りすがりの、女子に・・・」
「えっ?じょ、じょし??」
「そう・・・女の子に、殴られたんだ、よ・・・しかも、グーで・・・・・・」
ずぅううううんんん・・・と、話せば話すほどに、綱吉の纏うオーラが暗く重たいものに変わっていく、男同士の喧嘩ならともかく、女子に一方的に殴られたとあっては男の矜持も何もないだろう。
「名前は三浦ハルっていってた」
「三浦・・・ハル?」
「姉さん知ってるの?」
「いや〜どうかな・・・聞いたことあるような気はするけど、勘違いかも」
特に珍しい名前というわけでもない。きっと気のせいだろう、と、揚羽はその時深く考えなかった。
***
「ふ〜〜〜暑い・・・・・・―――」
「この時間だとちょっとしんどいわね・・・」
次の日、揚羽は部活を休んで綱吉と一緒に学校へ向かっていた。もちろん怪我をした綱吉に付き添うためだ。いつもより出る時間が遅いので、日差しが熱い。
「姉さん今日部活は?」
「えへ。お休みしちゃった」
語尾にハートマークが着きそうなほど無邪気な声で、揚羽がチロリと舌を出した。理由がわからない綱吉は目を丸めた。
「えぇ?な、なんで!!?」
「なんでって、あなたが心配だからに決まってるでしょう。勘違いだったとしても、急に暴力ふるう娘なんて危ないじゃない」
昨日の今日ですぐにやってくるはずがない。根拠のない自信で、綱吉は「まさかぁ〜」と揚羽の心配を笑い飛ばした。
しかし、二人の耳にガシャン、ガシャン、という金属音が入る。
「あれ・・・あまりの暑さに耳なりが・・・」
「ねぇツナ。さっきから変な音しない?」
「え・・・(耳なりじゃ・・・ない?)」
二人は同時に後ろへ振り向いた。
「おはよーございます」
「あんた何―――!!?」
「おはようございます。すっごく重そうですね」
「姉さん、軽ッ!!?そーいう問題!?」
クマだらけの顔で、丁寧にも朝の挨拶を交わす不振人物。その身は古風な鎧を纏っており、右手にはアイスホッケーのラケット。反対の手にはヘルメットを抱いている。
「昨夜、頭がぐるぐるしちゃって眠れなかったハルですよ」
「寝不足だとそーゆーかっこうしちゃうわけ!!?」
「ちがいますーっ。それじゃ私おバカですよ」
一応、綱吉の発した「何!!?」に対する回答が返ってきたが、率直すぎて意味がわからない。綱吉がそのまま意訳すれば、やはり彼女の本意とは違っていたらしい。
彼女が件の勘違い少女か。綱吉に聞かずとも、一目瞭然だった。
「リボーンちゃんが本物の殺し屋なら、本物のマフィアのボスになるツナさんはとーってもストロングだと思うわけです」
「な?」
なんでそーなるの!!?とでも言いたげな顔で綱吉が絶句する。正直言って、何処から否定したらいいのかわからない。
「ごめんツナ。どこをどーすればこんな勘違いに発展するの?」
「ごめん姉さん。思った以上に危険な娘だったみたい」
「ツナさんが強かったらリボーンちゃんの言ったことも信じますし、リボーンちゃんの生き方に文句は言いません」
リボーンはいったいなんていったのか。当事者ではない揚羽は想像するしかないが、きっと真実のままに伝えた結果で、この曲解に至ったのだろうと思う。二人の意思疏通のズレっぷりを見るからに。
「お手あわせ願います!」
「んな―――!!?」
「ツナ危ない!」
言いながらアイスホッケーのラケットを振りかざすハルに、揚羽はとっさに綱吉を突き飛ばした。
「あちょー!」
「うわっちょ、まてよ!」
揚羽が突き飛ばしたことにより、逸れた凶器がアスファルトへめり込む。そのとき響いた音が攻撃力のすさまじさを物語る。
揚羽は慌ててハルの前に立ちはだかる。
「お願いやめて!暴力なんかふるわなくても話し合えばすむコトでしょう!?」
「お姉さんはどいてください!これは私とツナさんの問題なんです!!」
「えぇっ!リボーンちゃんは!?」
最初はリボーンと仲良くなりたいという話なのではなかったのか。いつの間にやら話の論点がずれている。って、そういう問題でもなくて。
「だったらちゃんとツナの話も聞きなさい!自分の言いたいことだけしか言わずに攻撃するなんて平等ではないわ!」
ハルもそう思ったのか、ぴたりと猛攻が止まった。それを見て、逃げ惑うのに必死だった綱吉はようやく言い分を叫んだ。
「オレはマフィアのボスなんかにはならないんだって!」
「じゃあやっぱりリボーンちゃんをもてあそんでるんですね!!」
「そーじゃなくて・・・!」
もともと思い込みが激しい性格なのだろう。どうにも綱吉がリボーンに殺し屋という役職を強いている。という、間違った認識を履がえすことができない。
どうすれば、彼女の誤解がとけるのか。千の言葉を用いても不可能なんじゃないかとさえ思った。
その時、二人と彼女とを銀色の影が遮る。
「10代目、姐御、さがってください!」
「え?」
「ごっ、獄寺君・・・!!」
二人を庇うように立っていたのは綱吉の右腕候補である獄寺だった。彼はすぐさまくわえていた煙草に、彼の武器であるダイナマイトを近付ける。
囃し立てるような音をたてながら、導火線が短くなっていき、彼はそれを流れるような仕草で目の前の強襲者に放った。
「へ?」
「果てろ」
彼の言葉の意味を知らない彼女は目の前に放たれたものの形状だけを見て。
「あれ?ドカーンってやつですねー」
などと、暢気なことをのたまった。
(わかってるなら逃げて―――!)
揚羽の必死な願いも虚しく、ダイナマイトは爆発し、その爆風に煽られた彼女は橋から川へと落ちてしまった。
「はひ―――っ!!!」
「あ〜〜〜あ、落ちちゃったよ!」
「大変!」
「これでもう大丈夫です」
敵の排除に成功したと、彼は一仕事終えた後の一服を楽しんだ。
「たすけ・・・ゴボッ、たすけてぇーっ!!」
「や・・・やばいよ!」
「ヨロイで泳げないんだわ!」
「ん?」
漸く相手が少女だったことに気付いた獄寺は溺れている様子を不思議そうに見た。揚羽と綱吉は不測の事態にどうすることも出来ない。あたりを見渡しても投げ込めるようなものや人通りもなく、それらを探しにいく暇はないだろう。彼女はただでさえ鎧という重石をつけているのだから。
「助けてやる」
だが、意外なところから救済の声がした。小さな身体を欄干に乗せて、リボーンが言ったのだ。
「リボーン!!」
「え?泳げるの?」
「だめです!」
川の流れは速く、鎧を身に纏っていなかったとしても、大人すら溺れることがあるかもしれない。ましてや彼は赤ん坊だ。少なくとも見た目は。
彼女もそう思ったのだろう、ハルの方から制止の声が聞こえた。自分の命が消えかかってるというのに他人の心配をする彼女をなんとかして助けてやりたいと思う。
「リボーン、お前泳げるのか?」
「何言ってんだ?」
「え?」
「助けるのはオレじゃねぇぞ」
「は?」
姉弟そろって首を傾げる。確かに彼は『誰が』とは言ってなかったが。まさかと思う。
「お前が行け」
ジャキ、と硬い音をたてて向けられた銃口に綱吉は色々な意味で顔が青ざめる。
「む、無理だよリボーン!オレ15mも泳げないんだよ!」
「そうよリボーンちゃん!撃つなら私にして!」
壊滅的なカナヅチである綱吉が行くくらいなら揚羽が行くほうがいくらかマシだろう。揚羽は身を乗り出して訴えるが家庭教師はシビアだった。
「じゃあ死ね」
(何で?!)
姉弟の疑問もなんのその、そう言って家庭教師は有無を言わさず綱吉の額を撃ち抜いた。
「え゛え゛え゛え゛ッ!!?」
撃ち抜かれた拍子に桟橋から川へと落ちる綱吉を見て、ハルが奇声を上げた。無理もない。殺し屋というダーティな役職を強いられていると思っていた赤子が人の頭を容易く撃ち抜いたのだから。
「死ぬ気でハルを救う!!!」
「はひ!?」
「追加だ」
そう言ってリボーンは馴れた手付きで綱吉に追加の銃弾を撃ち込んだ。
「カカトを撃てば足スクリュー弾」
「オレにつかまれ―――っ!!!」
途端に水中の綱吉が、モーターを付けたかのような推進力で進みだした。よくよく見てみれば、彼の足がスクリューのように足首を軸にして回転しているではないか。
「え?ナニあれ。気持ちわるっ」
人体ではありえない動きのそれに思わず生理的嫌悪が浮かぶ。手足を逆に取り付けた人形を見たときの気持ちだ。
隣のリボーンは綱吉が無事にハルの元へたどり着いたのを見て、ニッと不敵な笑みを浮かべた。正しくはハルの表情を見て、だったかもしれないが。
***
揚羽はうずくまったまま震えているハルに、そっと、自分が持っていた部活用のタオルをかけてやる。
「だいじょうぶ?よかったらこれ使って」
「ありがとーございました・・・」
その言葉は揚羽のタオルに対してのみの言葉ではなかった。ちゃんとお礼も言える。きっと本当は素直で心根の優しい娘なのだろう。
「ったく反省してんのか?10代目にもしものことがあったら、おめーこの世に存在しねーんだからな」
「獄寺くん、そこまで言わなくても・・・彼女だって、悪気はなかったのよ」
本当に。心から善意のつもりだったのだ彼女は。
獄寺が綱吉を心配しての言葉だとはわかるし、その気持ちは嬉しい。しかし、忠告というよりは念を押すような意志が強い彼の言葉は今の傷付いた彼女には厳しすぎるのではと思ったのだ。
方法は間違っていても彼女の行為も他人を思い遣ったことなのだから。
「・・・・・・・・・・・・プ」
しかし、膝に埋めた彼女の口からこぼれた声に、一同はぎょっとして振り返った。
「死ぬ気でハルを救う!オレにつかまれーっ」
「とーっ」「おりゃあー」と、わざわざ身振り手振りでさきほどの綱吉を再現しだすハル。
「そんなクサイセリフ。テレビの中だけだと思ってました」
(反省してね―――っ)
どうやらさきほど膝を抱えて震えていたのは、恐怖のためでも寒さのためでもなく、込み上げる笑いを抑えるためらしかった。
「向こう岸まで泳ぐ―――っ」
「ちょっやめてよ!はずかし―――っ」
なにやらヒートアップしているらしい彼女に、綱吉は顔を羞恥に染めて引き止める。
しかし、揚羽は気付く。彼女の染まる頬に揶揄以外の何かがあることに。
「すごく・・・・・・ステキでしたよ。リボーンちゃんのかわりに飛び込んでくれた10・代・目」
「な!!」
「あらあら」
語尾にハートマークまでつけて綱吉を見詰める彼女の瞳はまさしく恋する乙女そのもので、思わず見ていた揚羽まで頬が熱く染まってしまった。
恋はいつでもハリケーン!
(若いっていいなぁ・・・)
貴女もじゅうぶん若いですよー!
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