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君は知らない(獄寺)



 一筋の白が空に向かって伸びている。灰色に同化しそうな銀を見て口角を上げた。









【君は知らない】









「こんにちは」


 視界が急に陰って見上げれば、見知った笑顔がそこにあった。白煙の向こうで揺れた金が青に透けて綺麗だと思った。


「こんにちは姐御」


 ニカっと笑い返しながら、獄寺は背の後ろで煙草の先をコンクリートに押し付ける。副瑠煙は身体に毒だ。特に女性には。


「今日はツナと一緒じゃないのね」


 ふふ、と小さく笑みを溢しながら、至極自然に隣に座られ心臓が少し跳ねる。


「はい!10代目は今日は日直とかで職員室に」
「山本君は?」


 その名前を聞いた途端、顔が酷く歪んでしまったのが自分でもわかる。あまりにもあからさまな変貌ぶりだったのか、目の前の彼女がとてもびっくりしているのが見えた。


「あー・・・あの野球馬鹿なら部活の話とかで2年の校舎に行きましたよ」


 ケッ、と吐き捨てるように獄寺がそう言えば、彼女が苦笑しながら「じゃあ入れ違いになったのかなー」と呟いた。彼女も2年だからだ。


「獄寺君はよくここにくるの?」


 彼女の言う「ここ」とは、今ふたりが貸しきっている屋上のことだろう。


「あ、はい。ひとりになりたいときによく来るんスよ」


 一人で教室にいても、耳障りな声の女子が付きまとってくるし、獄寺は綱吉以外の特定の誰かと馴れ合うつもりもない。どちらも煩わしいだけだ。
 そんなときは屋上で煙草でもふかしつつ時間を潰すようにしている。


「じゃあわたしはお邪魔かな?」
「そんなことないです!」


 あり得ないです!と、つい反射的に言い切ってしまってから、気が付く。体育座りのように抱えた膝に頬を載せて、伺うように見上げられた彼女の目は笑っている。どうやら自分は“言わされた”らしい。
 若干細められた彼女の瞳にそう確信して、顔が熱くなる。この気持ちをなんと言えばいいのか。形容し難い感情はどこか羞恥にも似ているが、獄寺の語彙力をもってしてもとても表現できそうにない。

 その時、途切れそうだった会話に挟むよう、チャイムが鳴り響いた。


「鳴っちゃったね」
「そうっすね・・・」


 可笑しい。
 授業が始まったというのに、彼女は慌てる素振りもなく、悠々自適に空を眺めている。
 自分はもう、話してる最中からすっかり教室へ戻る気は失せてしまっていたのだが、彼女はどうするつもりなのだろうか。


「獄寺君はサボりですか?」
「あ・・・姐御もっすか?」


 「いい天気だね」とか言いそうな彼女の表情を眺めながら、正直意外だと思った。『サボり』なんて言葉は、彼女とは無縁だと思っていた。しかし彼女は今が授業中だということを忘れそうなほど、悪びれる様子もなく、クスクスと音をたてている。


「次の授業は自習なんですよ」
「課題とか・・・」
「予習で終わってます」
「・・・(何で敬語なんだ?)」


 ないんですか?と、皆まで言う前に、先を越される。彼女の場合、課題の範囲どころか、授業で習う範囲皆まで終わっていそうだ。
 だからといって、授業中に出歩いていい理由にはならないのだが、彼は「だったらいいか」と納得してしまう。例え彼女の次の授業が自習ではなく純然たるサボりであったとしても、彼は「まぁいいか」で終わらせてしまっていただろうが。


「いないほうがいい?」


 また沈黙になりそうなときに、彼女が意地悪を言った。獄寺の眉間につい皺が寄る。怒ったのではない。


「姐御。からかわないで下さいよ」
「ごめんね」


 若干唇を尖らせて言うと、珍しく息を吐き出すように彼女が笑った。謝られてる気がしない。


「本当はね。あっちの校舎にいたの」


 彼女が手を伸ばして指したのは向かいの校舎。そちらは二年の教室がある校舎であり、獄寺がいるのは自分の教室の屋上だ。
 各々の学年を考えれば妥当だろう。
 その彼女が何故こちらの校舎にいるのか。答えは明白だ。


「獄寺君が見えたからこっちに来たの」


 それは正直嬉しいと思った。そう思ってしまう自分を可笑しいと感じながらも、獄寺の胸に暖かいものが込み上げる。


「タバコの煙が見えたから邪魔してやろうと思って」
「・・・は?」


 獄寺はあんぐりと口を開けた。彼女から発せられたとはとても思えない毒の含まれた言葉もそうだが、それを言った彼女の表情は非常に穏やかで瞳は緩やかに細められていて、それを見る限り、先ほどの言葉を彼女が放ったなどと、とてもじゃないが信じられそうになかった。


「煙草って身体に悪いでしょ?」


 確かにそれは、世界共通の一般常識だ。彼女が喫煙を忌うのは分かる。そして、彼女の「邪魔してやろう」という言葉の意味もなんとなくわかった。ただ、何か腑に落ちない。


 自分は彼女に何もされてないのだ。


 それでね、と彼女が言葉を繋げる。


「わたしが側にいたら君はタバコを吸わないでしょう?」


 口に煙草をくわえていたら、十中八九落としていただろう。それくらい驚いた。






   
 
(キミが優しいということを)








「自分(私)の為に貴方を大切にして」と大切な誰かに言える人になりたいと思ってできた話。
大切な人にとってそう言える存在になりたいものですな。(誰)


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あきゅろす。
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