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ビアンキ


 リボーンが現れて半月が過ぎようとした頃。


「姉さん!大変だ───!!」


 今日も今日とて、弟は元気であるようだ。









‡標的10‡ ビアンキ









「まあ、どうしたのツッくん」


 息も絶え絶えに駆け込んできた弟は、化け物にでも逢ったかのように顔を青ざめさせていた。


「姉さん!外でお姉さんにもらったジュースを落としたら煙が出て急に鳥が・・・!」
「落ち着いてツッくん。さっぱりわかんないわ」
「だから、外で鳥を落としたらジュースが出て煙にもらったお姉さんが急に・・・!」
「だから、落ち着きなさい。さっきと言ってることがぜんぜん違うわよ?」


 鬼気迫る勢いで捲くし立てる弟に、揚羽は落ち着くように促した。


「もうあったのか」


 きぃ、と軋んだ音をたててドアが開く、二人は声でそれが誰なのか悟った。


「リボーン!外!ジュース!鳥が!」
「どんどん支離滅裂になってるわよ?」


 ますます言語障害に拍車がかかっている弟に、揚羽は冷静につっこみを入れた。


「んっ?」
「んぎゃあぁあぁ」
「ぅ・・・」


 リボーンを振り返った二人は一斉に顔を顰めた。黒いスーツに身を包む彼がさらに真っ黒く見えるほど、リボーンの顔にカブトムシがごっそりとたかっていたのだ。
 唯でさえ挙動不審だった綱吉は叫び、虫が特に嫌いなわけではない揚羽でもさすがに呻いた。


「おまえ樹液分泌してんのー!!?」
「あ。元に戻った」


 家庭教師につっこみを入れるために、言語障害を自力で治したようだ。さすが我が弟。
 彼が顔を動かしたからか、次々とリボーンの顔からカブトムシが飛び立ち始めたので、揚羽は窓を開けた。青い空へ散り散りに飛んでいく黒い影を目で追って、夏だなぁと感慨深くなる。


「これはオレの夏の子分達だぞ。情報を収集してくれるんだ」
「それって虫語話せるってことかよ!!」
「へーすごい」


 只者ではない、と初めから思っていたが、まさか人外の生き物と交流できるとは。揚羽と綱吉は素直に感心する。普通の人ならば信じるはずのないようなことだが、如何せん、相手が彼の場合だと不信な事柄も事実に思えるのだ。不思議なことに。


「おかげで情報がつかめたぞ。ビアンキがこの町にきてる」
「ビアンキ・・・さん?」
「誰だよそれ」
「昔の殺し屋仲間だ」
「なんだってーっ!?」
「まぁ」


 『殺し屋』という物騒極まりない単語に、綱吉は条件反射の如く絶叫する。最近はその言葉を聞くたびに禄でもない目に会っているのだから無理もない。
 そのとき、タイミングを計ったかのように呼び鈴が鳴った。


「イタリアンピザでーす」
「!」
「あ、はーい!」


 返事をしてから、『ピザ』という単語に揚羽は疑問を抱く。


「ピザ?母さんいないの?」
「ピザなんて、たのんだかしら」
「ツナ。おまえがいけ」
「は?なんでオレが・・・?」


 そう言いつつもすでに身体は玄関に向かっており、すっかり彼の命令をきいてしまう体質になってしまったようだ。


「ねえリボーンちゃん、どうしてツナにいかせたの?」


 リボーンは揚羽の問いには答えなかった。彼女の胸に不安が過ぎる。
 ふと、綱吉がさっき言っていた台詞が頭に浮かんだ。

 ───外でお姉さんにもらったジュースを落としたら煙が出て急に鳥が・・・!

 鳥が、の続きはわからなかったが、綱吉が出会ったジュースをくれたという女性。そして、いま自分たちの住んでいる街、並盛にきているリボーンの昔の殺し屋仲間という人。外国の人名に詳しいわけではないが、『ビアンキ』とは確か女性の名だったはずだ。

 頼んだ覚えのないピザ。

 揚羽の胸の奥で血が下がるような、冷水に浸した手で心臓を撫でられたような感覚がした。居てもたってもいられず、すぐに揚羽は部屋を出て、綱吉の後を追った。何も言わず突然部屋を飛び出していった揚羽を引き止めるでもなく、リボーンは無言のまま彼女を見送った。


「めしあがれ!」
「んが、く・・・くるし・・・!!」
「ツナ!!」


 案の定、訪ねてきた女性はピザ屋の店員というわけではなかったらしく。彼女が開いたピザの入れ物から紫色の毒々しい煙がたちこめ、綱吉が喉を押さえて苦しんでいた。
 すぐに、毒だとわかった揚羽は、近くにあったタオルを綱吉の口に押し当てさせる。
 しかし、途端に揚羽の鼻腔を通って、痛みを伴う刺激臭が脳天を突き抜けた。息は止めていたが、小さな鼻孔の隙間から進入した僅かな空気ですらも、すでに猛毒のようだ。頭ががんがんと痛む。粘膜という粘膜に悪いらしく、目にも針で刺されたような痛みがして、揚羽は強く目を瞑った。


「ちゃおっス。ビアンキ」


 そのとき、一発の銃声が響き、女性の手にあった毒物と思われるものが家の外へはじき出された。元凶のブツがなくなったために、玄関から吹き付ける新鮮な空気がその場を浄化する。


「リボーン」


 ピザを打ち抜かれた女性がやはりビアンキだったらしく。顔につけていた防毒面のようなものを外すと、大きな瞳から真珠のような涙を零した。


「むかえにきたんだよ。また一緒に大きい仕事しよ、リボーン」
「え!?」


 どうやら彼女はリボーンを闇の世界とやらに誘いに来たらしく、綱吉を育てる仕事があるから無理だというリボーンの一蹴をどう勘違いしたのか、綱吉が死ねばリボーンが自由になるのだと思ったらしい。


(それでオレ殺そーとしてたのーっ考え方おかしーだろー!!)
(わー犯罪者の考え方だー・・・)


 口に出さずとも意思疎通ができるようで、綱吉と揚羽はビアンキの深すぎる愛に口をあんぐりと開けて呆けていた。
 揚羽の脳裏に、愛する人に会いたくて息子を殺してしまった女性の話が掠めた。









***









「あ〜〜〜!どうしよう!!また変なの来たな―――っ!!」


 登校中、朝から道のど真ん中で頭を抱える綱吉に、揚羽は苦笑する。


「ほら元気出して、ツナ。今日の家庭科実習で作ったクッキーあげるから」
「うぅ・・・ありがと姉さん」


 問題の解決にはまったく至らないが、姉なりの心遣いに綱吉は少しだけ浮上した。


「おはよツナ君、揚羽さん」
「!」


 背後から突然声をかけられて、二人は驚いて振り返る。


「おはよう京子ちゃん、奇遇ね」
「おはよー京子ちゃん!」


 そこには綱吉の想い人である笹川京子が笑顔で手を振っていて、先ほどの落ち込み具合はどこへいったのか。綱吉は顔を火照らせて、上機嫌になった。


(あの顔は「朝からついてるーっ」って思ってる顔ね)
(朝からついてるーっ)


 まったくその通りだった。
 揚羽は、先ほどまでこの世の終わりのような顔をしてたくせに、と弟の現金さに呆れ果てる。


「今日、家庭科でおにぎりつくるんですよ」
「そっか、一年生はそんな時期なんだ」
「へー」


 家庭科の授業で、一年のときに一度だけ男女でわかれることがある。女子は調理室でおにぎりを作り、男子は教室で礼法の授業を受けるのだ。
 おにぎり、なんて、調理実習でわざわざ習うような料理ではないと思うが、彼らの学校では毎年の慣わしであり、そのおにぎりを女子がクラスの男子に渡すのが強制ではないが恒例になっている。
 特に好きな男子生徒がクラスにいる場合は、想い人に自分のおにぎりを食べてもらおうと女子生徒は躍起になる。一種のバレンタインのようなものだ。


「揚羽さんは・・・誰にあげたんですか?」
「ん?」


 僅かに小首を傾げて、下から覗き込むように京子が揚羽を見上げた。
 京子の質問に、揚羽は一年ほど前の記憶を漁ってみるが、当時は特別な人などおらず、適当に仲の良い友人にあげたことくらいしか思い出せない。我ながらなんとも枯れた日々であると思う。
 そう告げると、京子は少しがっかりしたような表情で「そうなんですか」と、頷いた。色恋に興味がある彼女はなんともオンナノコらしい。


「お兄ちゃんにあげたんじゃないんだ・・・」
「ん?」


 京子がポツリ、と呟いた言葉がよく聞き取れず揚羽が問うと、彼女は「なんでもないです」と微笑んでかぶりを振った。


「・・・!・・・あ。そーいえば」


 揚羽はたった今思い出したように、手のひらにこぶしをぽんと載せた。とてもわかりやすい。


「わたし今日日直だったの。だから、先にいくね」
「え?姉さん?」


 綱吉はつい最近、彼女が同じ理由で自分を置いて先に学校へ行ったことを思い出す。再び彼女まで回るには早すぎるだろう。どうやら姉なりに気をきかせたのだとわかり、綱吉は喜ぶ。以前は遅刻しそうになり、なんて薄情だ、と八つ当たりなことを考えたものだが、今は同じ状況であるのに天国と地獄ほども差がある。


(うんうん。朝からいいことしたぞ)


 嬉しそうな弟の赤らんだ顔をみて、揚羽はとても満足しながら学び舎へと軽い足取りを進めた。









***









「えーと・・・なにか、あったの?」


 揚羽は午後の調理実習で作った焼き菓子を持って綱吉の教室に来ていたが、近くの男子生徒に、沢田を呼んでほしい、と頼んだところ、盛大に顔をしかめながら「ツナぁ〜?」と、嫌そうな顔をされた。それにびっくりしていると、揚羽の姿に気付いた獄寺が自分を呼んでくれたので、すぐにその少年から離れることができた。しかし、獄寺の近くに当然いる弟の側へ寄れば寄るほど、まとわりつくような視線が増え、突き刺さるような殺意が深くなる。見れば、弟は席にちょこんと座ったまま、ばつの悪そうな顔で縮こまっている。最初は新たなイジメか何かかと思ったが、綱吉の顔色を伺うに、“何か”をやらかしたのは弟のほうのようだ。


「いやぁ・・・」
「10代目は男らしかったっス!」


 答えようとしない弟に、隣の友人たちへ視線を向ければ、山本は困ったように頬をかき、獄寺は感極まったように拳を握った。どちらもあまり要領を得ない。不思議に思ってさらに訊ねると、どうやら午前にあった調理実習で、彼らが食べるはずだったおにぎりまで、弟が全部食べてしまったらしいことがわかった。
 一クラス40人。半分が女子として、一人一個のおにぎりをつくれば軽く20にはなる。その量を綱吉が一人で食べてしまったのかと思うととても信じられないが、それが他人による介入を含めれば十分ありえる。
 また、あの家庭教師の仕業か。と、揚羽は忍びないため息を漏らした。揚羽の心、リボーン知らず。


「あのー・・・」
「あぁ?」


 試しに一番近くにいた生徒に話しかけると、なんともつれない返事を寄越された。それに、またため息を吐きたくなったが、ぐっと堪えて揚羽は手元にあった三つの包みのうち一つを開いた。とたんに、辺りにバターと砂糖が焼けた、香ばしい匂いが漂い。教室にいた誰もがなんだなんだと視線を送ってきた。


「おにぎりには遠く及ばないかもしれないけど、今日の調理実習で作ったクッキー。たぶん一人一枚はあると思うから、皆さんで・・・」
「クッキー!?」
「手作り!?」


 「わけて食べて」と、言おうとした言葉の途中で、クッキーという単語に反応した男子生徒が、揚羽の手からひったくるように包みを奪った。近くで耳を済ませていたのか。すぐさま数人の男子が群がり、かみ締めるように焼き菓子を手にし始めた。


「うんめー!」
「何だこれ!ほんとにクッキーか!」
「できたてでおいしい〜」


 わらわら、と。いつの間にか揚羽が手にしていた残り二つの包みも奪われ、人々が殺到した。男子だけでなく、女子までもが、揚羽のクッキーを堪能している。
 あっという間の出来事に、言いだしっぺの揚羽でさえ、ぽかんとその光景を見つめた。


(多めに作っといてよかった・・・!)


 あげたい人は別になってしまったが、揚羽はこれはこれで喜んでもらえたのなら、と思い直すことにした。


「ツナ!お前の姉ちゃんすげぇ料理うまいな!」
「うまかったっすーセンパイ!」
「また作ってください!」


 食べ終わった生徒たちが次々に綱吉と揚羽のもとを訪れ、それぞれお礼を言っていった。
 それに、こんなものでよければ、いくらでも。と、揚羽が笑って答えると、皆嬉しそうな顔をして帰っていった。
 とりあえずは、教室内での確執が和らいだようで、綱吉は隣の姉を見上げた。


「姉さん、ありがと」
「ふふ。いいのよ。もともと、あげるつもりで持ってきたものだし。獄寺くんと山本くんには悪かったけど」


 揚羽の言葉に、突然名をあげられた二人が「え」と声を漏らす。


「ツナと、獄寺くんと山本くんの分もあったんだけれど、全部あげちゃった。ごめんね」
「なにー!!?」


 自分たちの分もあったのだと知って、獄寺と山本は顔色を変えた。


「てめーら!どけ!俺にも食わせろ!!」
「ははっ俺らも食いてーのな」


 すぐさま群れの中に飛び込んだ二人だったのだが、結果はいみじくも、哀れなものだった。


「あ」
「・・・わり、今ので最後」
「全部くっちゃった」


 空っぽになった包みの成れの果てを逆さにして揺らすクラスメイト。逆さになったというのにカスひとつでない包みはさすが成長期だ。しかし、感心している場合でなく。


「てめーら・・・果たす!!」
「そっかぁ、俺もくいたかったな〜」


 ダイナマイトを構え、着火しようとする獄寺に、綱吉と揚羽は慌てて止めた。山本は「残念だな〜」と笑っていて、ひたすらにマイペースだ。
 また、今度二人に作ってあげるから。という約束を取り付けて、なんとか彼らの怒りは収まった。







ひと

(この子がねば、あのひとがまた逢いに来てくれる)









『犯罪者の〜』というのは、心理テストの1つで『あるところに仲睦まじい夫婦と息子の3人家族がいましたが、夫が死んでしまいました。妻が葬式で泣き伏していると、夫の友人が妻を慰め元気付けました。その後、妻は息子を殺してしまいます。さて、何故でしょう?』というのがあって、普通の人は「再婚するのに息子が邪魔になったから」と言うのですが、異常者の場合は「息子が死んで葬式をすれば、また友人が慰めに来てくれるから」って言うんです。そこからもってきました。これ最初聞いたときはゾッとしました。女の人って怖いですねぇ。


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