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棒倒し【前編】


「―――というわけで、B組の総大将は僭越ながらこの俺、押切が務めさせていただく」


 圧倒的な他者からの推薦によりB組の総大将となった押切が教壇で話すのを頬杖をついて見ながら、揚羽は隣の親友に声をかけた。


「ねえー奈緒ー?」
「んーなによー?」


 体育祭には興味がないらしく、爪の手入れに力を注いでいる奈緒は指先に注視したまま親友に返した。


「総大将はB組で一番強い人がなるのよね?」
「そうねー。C組は相撲部主将の高田先輩がなったらしいし、押切先輩は空手部主将なんだから、妥当じゃない?」


 よっぽど暇をもて余しているのだろう。揚羽の素朴な問いに律儀に返しながら、奈緒は仕上げとばかりに指先へ、フッと息をかけた。


「押切先輩も十分強いと思うけど」


 壇上に目を向けたまま、揚羽が脳裏に浮かべるのは、思い出しただけでも身の毛が弥立つ体験だった。


「ウチのクラスの雲雀くんは?総大将にならないの?」


 ガタガタガタ!!


 口にした途端、周りの声が届いたであろう範囲の生徒たちがみな椅子から転げ落ちた。幸いにも後ろの方であり小さな声で喋っていたから教壇で今後の予定を決めている押切までは届かなかったようだ。
 奈緒は胡乱げな目で親友を見遣った。


「あんたのその、おおらかというか怖いもの知らずなとこ。ほんと感心するわ」
「だって、そうなれば勝ったも同然じゃない」
「意外と勝ちに貪欲なのねあんた。この間、弟いじめたからキライとか言ってなかった?」
「あれはもう仲直りしたのよ。もうツナのこといじめないって言ってくれたし。それはそれ、これはこれ。体育祭とは関係ないでしょ?」
「ムリムリ。群れるの嫌いなヒバリがくるわけないじゃん」
「そっかー」


 残念だなー。と人事のように言っている親友の横顔を眺めながら、奈緒は言い知れぬ不安に駆られていた。


(『仲直り』?)


 したのか?ヒバリと・・・。









‡標的17‡ 棒倒し【前編】









「旗のデザインどうするー?」
「テーマ決めないと」
「青色でしょ」
「車とか?」
「えーヤダー」
「つーかテーマカラー『青』ってすげーネックだよなー」
「ねー。毎年たいていA組が応援旗賞とるものね」


 並盛中学校の体育祭は学年を縦で割ったクラス対抗で得点を競いあうものである。その種目は様々で競技は勿論のこと。応援団のパフォーマンスや応援旗のデザインに至るまで。全てが得点化される。その為、毎年体育祭にはかなり熱を上げて挑むのだ。
 ただし、組ごとのテーマカラーは既に、A組は赤、B組は青、C組は黄、と毎年決まっている。A、B、Cと文字が入った備品がそれらの色で揃えられているものが多いというのが理由だが、赤や黄はともかく、冷静さを思わせる青色は熱い体育祭を彩るには不向きだった。


(青。好きな色だけどな・・・)


 しかし、それを今口にするのはナンセンスなことなのだろう。揚羽は心の中だけで呟いて外を見た。三階の窓からの景色は空が近い。
 所々、白い雲で切り取られた深い青を見て、あ。と思う。


「そら・・・」
「え?」


 ボソリと呟いた揚羽の言葉に側にいた実行委員が聞き返した。揚羽は名案を思い付いたというように言い直した。


「『空』がいいな。テーマ」









***









「ツナが総大将?」
「うん」
「ツナが?」
「うん」
「総大将?」
「・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・ぷ」
「あー!姉さん笑ったな!!?」
「ご、ごめん。ごめん。だってあまりにもにあわな・・・ぷ」
「笑わないでよ!!」
「まーまー。でも本当になんでツナなの?A組は京子ちゃんのお兄さんがいたでしょう?」
「そうなんだけどね。本人曰く「大将でいるより兵士として戦いたいんだ」だって・・・」
(・・・・・・笹川くんったら)


 らしいといえばらしすぎる元クラスメートの言葉に揚羽は呆れる。


「でも確かにツナは兵士として戦ってもなんの役にもたたなそうだから、何もせずただ座ってるだけの大将のほうが向いてるんじゃない?」
「ひど!?姉さん、普通に酷いよ!!!?」


 揚羽はこう見えて、結構辛口であるし、勝利に貪欲である。


(ツナが総大将なら、お弁当がんばって作らなきゃ)


 しかし、何だかんだ言っても、結局彼女はブラコンなのである。









***









 そして当日。

 ここ並盛中学体育祭では、縦割りでつくられた、A・B・C組の熱き戦いが繰り広げられていた。


「ゴール!!」
「奈緒、見て!山本くんすごいわね!」
「はいはい!さすがあんたの弟の友達ね」
「むー。なんかトゲのあるいいかた」
「ほら、あんたの大好きな弟がピョンピョンしてるわよ」
「あ!ホントだ!ツナー!!がんばって〜〜〜!!!」


 しかし、揚羽の応援もむなしく、綱吉は最下位に終わった。
 それでもこぶしを握り、揚羽は強く断言した。


「でもがんばった!」
「そういっていつもビリじゃん」
「いーいーの!」


 奈緒の茶々入れにも、あくまで弟贔屓な揚羽。奈緒はやれやれと肩をすくめた


「奈緒。わたしちょっとトイレ行ってくるわね」
「んー」









***









(ツナの顔色、少し悪かった気がする。ちょっと見に行こうかな)
「な、なんだお前は!?」
「?」


 トイレからでてきた揚羽は、隣から奇妙な声を聞いた。しかし、声の主を確認しようにもそこは男子トイレ、いろんな意味で彼女には入り辛い。揚羽は恐る恐る外から声をかけた。


「すみません。どうかしましたか?」
「誰か・・・助け・・・・・・ぐは!」
「え?」


 明らかに救助を求める声に、揚羽はいまだに恐怖を拭えないでいたが、意を決して入ることにした。


「は、入りますよー?」


 しかし、目に飛び込んできたのは、トイレの床に突っ伏す人だった。すぐにただ事ではないと思い、揚羽は駆け寄る。


「どうしたんですか!?・・・あ!押切先輩!!」


 顔を見てさらに驚いたことに、倒れていたのは揚羽の組の総大将である押切だったのだ。
 特に目立った外傷はないが、押切は苦しそうに呻いている。


「病気?事故?!どうしよう!先生を呼ばなきゃ!!」


 揚羽は、養護教諭に新しい人が就任したことを思い出して、保健室に走った。


「先生!すみません!急患です!!」
「カワイコちゃん大歓迎〜〜〜!!」
「えぇ!?」


 軽薄な口調。無精髭。ワイルドな髪形。
 そこにいたのは紛れもなく揚羽のよく知る人物だった。


「シャマル先生!?どうしてここに・・・」
「そりゃあもう、普段から少しでも揚羽ちゃんのそばにいたかったからだよ〜」
「大方夜遊びしすぎてお金がなくなったからたまたま募集してあったうちの養護教諭になったんですね?」
「う」


 飛び掛かろうとしていたらしい両腕を広げた形で、ぴたりと動きを止めた。どうやら図星だったらしい。


「そんなことより!先生、男子生徒がトイレで倒れてるの!」
「わりーけど、男はみねーんだ」


 そういえばそうだった。









***









 お昼休み。


「何をどうしたらそうなるの?」
「あ〜〜〜ここから消えたいよ」


 シャマルの説得を諦めた揚羽が現場に戻ると、いつの間にか、押切とC組総大将の高田の両名を倒したことがA組総大将、すなわち綱吉の責任になってしまっていた。
 揚羽が押切の倒れる現場に出会したのはまさしく綱吉の競技が終わってすぐのことだった。つまり綱吉には完璧なアリバイがあるのだが、そのことに揚羽が気付く頃にはもはや事態は取り返しのつかないものになっていた。


「ツナ、有名人みたいね」


 と、呑気な母はまわりからの悪意ある視線にまったく気付いていないようだった。やっぱり総大将って目立つのねー。とのほほんという母に、揚羽は乾いた笑いを返した。


「なんなんですかあなたたち!さっきからジロジロ見て!」


 好奇の視線にさらされれば憤りたくもなる。しかも理由が分からなければ尚更だろう。
 ハルが声を荒げたことに我慢が尽きたのか、ビアンキがとうとう身をのりだした。途中聞こえた『ゲキマブ』発言にイラっとしたのかもしれない。


「ねぇ、ツナ。とめなくていいの?」
「いやだよ。関わったらよけい変なことになるんだから」
「そーかなぁー」


 観衆にチョコレートを差し出すビアンキを見ながら、揚羽は綱吉の爪の甘さを知る。


「A組の総大将が今度は毒もったぞー」
「おいコラ―――!!!」
「ほーらやっぱねー」


 関わらなくても、どのみち『変なこと』に巻き込まれてしまうのだ。


「そういえば、ツナ・・・」
「揚羽」
「え?なあに?リボーンちゃん」


 弁当を広げ皆の分の茶をつぎ終わった揚羽にリボーンがこともなげに訊いた。


「お前はなんでここにいるんだ?」
「え?なんでって」


 今は家族で昼食をとる時間だからだ。揚羽はそう答えようとした。しかしそれより先にリボーンがいつもの理不尽を発動させた。


「おまえとツナは今、敵同士だろうが」
「えぇ〜?」


 敵同士。まぁ綱吉がA組で、揚羽がB組でクラス対抗なのだから敵同士であるのは確かだが、あくまでそれは体育祭という催し物の中での話だ。しかし、目の前のハードボイルドの塊のような男はたかが体育祭されど体育祭。


「敵同士でつるむのはオレのポリシーに反するからな」
「わぁすてき〜」


 なんて、感心している合間にリボーンに重ね弁当のご飯の段とおかずの段のひと段ずつをわたされ、ポイッと食卓の輪から外された。









・・・え?
(マジでか。)








 マジです。














つづくよー。


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