泣き虫ランボ
もはや聞きなれてしまった、普通の一般人ならば慣れるはずも無い音に、揚羽は歩みを止めた。
(銃声?)
いやいやまさかそんなまさかと誰に対してかはわからないが言い訳している自分の脳内とは裏腹に、音は何度も何度も響いた。しかし、音の余韻が消えたころにまた一つと、等間隔で鳴り響く戟鉄の叩く音は何故か殺伐さを感じない。
不思議に思った揚羽は家路よりも少し遠回りをして、音の方に吸い寄せられていった。
‡標的8‡ 泣き虫ランボ
「よーい!」
(あれ?やっぱり知らない子だ)
ドンッ、と。幼い子供が、徒競走のスタート合図のように銃の先端を上空に向けて何度も発射していた。子供の玩具かとも思ったが、銃声が鳴り響くたび銃口から盛大な火花が散っている。
恐らく近所の子ではないだろう。全身牛柄の服を着てアフロの髪型をしている子供など一度見たら忘れない、初めて見る子だった。
「あれー?弾なくなっちった」
連射したために全弾を撃ち尽くしてしまったのか。カチン、カチンと幼児が引き金を幾ら引いても、黒い鉛の筒が火花を出すことはなかった。
揚羽は努めてさり気なく幼児に話しかける。
「ねーボク。その銃、ホンモノ?」
「ん?そーだぞ!!ランボさんはイタリアから来たボヴィーノファミリーのヒットマンなんだぞ!!」
「そう。ランボちゃんっていうんだ?」
「ブドウと飴玉が大好物のランボさん5歳はリボーンを殺しにイタリアから来たんだもんね!!」
「・・・そ、そうなんだ〜」
牛柄の子供の口から出た意外な言葉に揚羽は少し戸惑った。「人を殺しに来た」などと、幼い子供が口にしていい言葉ではないだろう。もちろん大人が口にしてもいけないと思うが。
しかも、
(『リボーン』・・・)
それは揚羽も良く知る人物の名だ。
嗚呼また、あの家庭教師絡みか、と頭を痛める。きっと碌でもない騒動に巻き込まれてしまうのだろう。・・・主に弟が。
(ドンマイ、ツナ)
家庭教師の所業一つ一つに怒涛のツッコミを入れる愛弟の姿が想像できて、揚羽は心の中で手を合わせた。
「ねーランボちゃん」
「んー?」
また何か遊び道具がないか探しているのだろう、ランボなる人物が頭の中から銃やら弾やら幼子の身の丈ほどもある大きな筒状のものやら、たくさんの武器を取り出している。
子供が扱うには似つかわしすぎるそれらを見て、揚羽は少年のためにしゃがみ込んで視線を合わせた。
「人の命を奪うってことはとても悲しいことなのよ。ランボちゃんはそのことをちゃんと知ってる?」
静かに、水滴のように零された突然の問いに、ランボはきょとんと揚羽を見上げた。
「君は殺した人の全てを背負うことが出来る?」
責任も。記憶も。
それだけの覚悟が───。
ひどく真剣な眼差しで言われた言葉に、少年は眉を吊り上げた。
「ぶー!オレっち、おまえの言ってることワケわかんないもんね!」
「あ!」
おせっかいババアー!と、なんとも生意気極まりない言葉を残して、子供が逃げた。
(うーん・・・手強い)
苦笑してその小さい後ろ姿を見送った。
が、
「ぐっ」
すぐに、石かなにかに躓いたのか、子供が転び、
「ぴゃあああ!」
コンクリートの上を顔面スライディングし、
「ぴゃん!」
階段から盛大に転げ落ちた。
えぇ───!?
「だっ、大丈夫!?」
慌てて揚羽は駆け寄り、声をかける。聞かなくても大丈夫ではないとわかるほどに見事なこけっぷりだったが。哀しいかな、それ以外に言葉が見つからなかったのだ。
「が・ま・ん・・・・・・・・・うわぁああああ!」
「あーよしよし。痛かったねぇ」
どうやら痛みをこらえようとしたのか、始めは俯いてぷるぷると震えていたランボだったが、すぐに火が点いたように泣き始めた。
揚羽はすぐにその小さな身体を抱き起こす。頭を撫でてやりながら傷を見てやれば、不思議なことに、細かい擦り傷があるだけで彼はほぼ無傷だった。
(小さい子は柔軟で意外と頑丈だって聞いたけど)
これほどだっただろうか。と、人体の不可思議に首を傾げる揚羽の目に駄菓子屋が映った。
幼子はいまだに泣き続け、止む気配がない。
「ランボちゃん、ちょっと待っててね」
そう泣き喚く子供に言うと、揚羽は慌てて駄菓子屋に向かった。
「おばちゃん、これください!」
「あいよー」
残り三つになっていたブドウ味の飴玉を全部ひっつかんで代金を支払い、揚羽は急いで少年の下へと戻った。
(あれ?)
しかし、揚羽が戻ったときにはすでに彼の姿は無く、アレほどまでの喧騒が嘘のように、公園は静まり返っていた。
(お家の人が見つけて連れて帰ったのかな?)
自分をマフィアのヒットマンだと豪語する子供の親など想像もつかないが、あれだけ大声で泣いていたのだし、きっと親御さんが気付いて迎えに来たのだろう、と、揚羽は思うことにした。
使い道が無くなった3つの飴玉をポケットに入れて、揚羽はさっさと帰路についた。
***
(そろそろ行こうかな)
時計を見て、親友と待ち合わせた時刻と場所を考えると、そろそろ家を出てもいい頃合いだ。
机の上の鞄に手をかけ、ふとその横で所在なく転がっている飴玉に目を留めた。
このまま飾るままにしておく訳にもいかないだろう。揚羽はなんとなくそれを手にし、鞄の中へ突っ込んだ。一応持っていこう。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、姉さん」
やっと起きたのか。もう昼頃だというに、寝間着姿の綱吉が寝惚け目を擦りながら降りてきた。
「今日はどこいくの?」
「映画を見にいくのよ」
「え。いいなぁ〜」
今話題の映画を見に行くのだと言えば、綱吉があからさまに羨ましがる。
「お前はベンキョーだぞ」
しかし、突然降って沸いた第三者の声に、綱吉はギクリと目に見えて身体を振るわせた。
「り、リボーン」
「昨日小遣いアップのために勉強教えろと泣きついてきたのはおめぇだろ」
「わ、わかってるよ!だから銃こっち向けんなって!」
ただの会話でさえも彼が相手だと命懸けだ。
慌てて両手をつっぱね、黒い筒を下ろすよう懇願する綱吉。その様子を見て、揚羽はクスクスと小さく笑みを溢す。
「リボーンちゃん。ツナのことお願いね」
「あぁ任せろ。オレは超一流だからな」
「あら、頼もしい」
ニヤリ、と不敵に口端を釣り上げるこの家庭教師ならば、揚羽がどんなに懇切丁寧教えても覚えようとしなかった弟にでさえも、素晴らしい教育を施してくれるのだろうと思った。
「あ、そうだ。ツナにこれあげる」
「なに、・・・飴玉?」
「脳を働かすには甘いものがいいのよ」
「なんでこんなの持ってるの」
ころん、と手のひらに落とされた懐かしさを思わせる駄菓子に、綱吉が訝しむが、それには答えないで揚羽は自宅を飛び出した。
「いってきま〜す!」
***
うわぁああああ!
(あれ?今の・・・)
映画を見て、ウィンドウショッピングを楽しみ、最近美味しいと評判のナミモリーヌでケーキと紅茶をたしなむ。と、休日を存分に満喫し、幸福感に胸を満たせながら帰宅していた揚羽はどこかで聞いたことのある泣き声に首を巡らす。
(あぁ、やっぱり)
すぐにあの目立つ牛柄とモジャモジャを見つけることができた。先日出会ったこの奇抜な組み合わせは一度見たら忘れようがなかった。
「あれ、ツナ?」
しかし、その隣にいる人物にまた、揚羽は目を瞬かせた。これまた奇抜な組み合わせだった。
「え、姉さん?」
「どうしたのこの子?」
揚羽の声にきょとんとこちらを見上げる愛弟。隣では泣き声は上げていないが、円らな翡翠の瞳から留めどなく涙を流す幼子。
端から見れば、綱吉が泣かしたようにも見える。
「いや、コイツは・・・その・・・」
目を游がせながら、しどろもどろに言葉を濁す綱吉に、揚羽は合点した。きっとまたあの家庭教師絡みなのだろう、と。
そもそも、つい昨日にも少年自らがそう公言していたことを思い出す。
「リボーンちゃんを殺そうとして返り討ちにあった。ってところかしら?」
「ぅえ!?な、何でわかるの!?」
「さぁて、どうしてかしらね?」
心底不思議がる弟に、揚羽は悪戯っぽく微笑むと、幼子を挟んだ綱吉と反対側へ座った。
「こんにちは」
「ぐすっ・・・おまえは・・・?」
「揚羽だよ。ランボちゃん」
(え・・・名前も知ってんの!?)
もはや、勘が鋭いだけでは済まされない精通さに、綱吉は驚くしかない。
「ランボちゃん、どうして泣いてるの?」
「いや、それがリボーンにさぁ・・・」
ビクリ!
『リボーン』と言う単語に肩を震わせ、ガタガタと身体を揺らしながら過剰に怯えだしたランボに、相当酷い目にあったのだと悟る。
ランボがぽつりぽつり、と語り始めた。
***
「いいじゃない大勢の方がにぎやかで」
(よかねーよ!何がうれしくてガキに囲まれてメシ食ってんだよ・・・)
母の嬉しそうな声に、綱吉は内心を苛つかせた。
結局あの後、ランボは語り終える頃に泣き止んだまではよかったのだが、去ろうとする綱吉にしがみついてしまい、離れようとしなくなってしまったのだ。綱吉は仕方なくランボを連れて帰ることにした。
ツナったらなつかれちゃったわね。と、他人事のように言う暢気な姉が恨めしかった。
自分の正面には我が物顔で夕飯を食べている自称家庭教師。斜め前には緊張した面持ちで座っている牛柄アフロの自称ヒットマン。
居心地が悪くて仕方がない。
「姉さん、なんとかしてよ」
「え?どうして?」
綱吉は隣に座っている姉に助けを求めるが姉はこの状況を楽しんでいるかのように、にこにこと微笑んでいる。
「何でガキに囲まれて食事しないといけないんだよ」
「そんなのわたしに言われても・・・いいじゃないの、別に。今日ぐらい」
ああこれはダメだ。と、綱吉は今度はリボーンに助けを求めてみるが、家庭教師に至っては返事すらしなかった。
すると、斜め前から不穏な気配がした。
「っしゃあ!」
ランボが、持っていたのだろうナイフを、リボーンに向かって投げつけたのだ。しかし、リボーンはあっさりとそれを弾き返し、跳ね返されたナイフはランボの額に吸い込まれるように戻ってきた。
「ぐす」
(学習しろよ───!!!)
「まあ、たいへん」
額から血を流して涙目になる幼児に、揚羽が慌てて駆け寄る。
「うわあああ」
「痛かったね、ランボちゃん」
よしよし、と慰めつつ額の傷にハンカチを当てようとする揚羽の膝にしがみ付いてから、ランボがごそごそと懐をあさりだした。
「うわぁあぁ」
「お・・・おい・・・(泣きながら何する気だ?)」
泣きながらランボが取り出したのは、己の身の丈ほどもあるような大きな筒で、それに見覚えのある綱吉は慌てた。
「そのバズーカってたしか・・・・・・じ・・・・・・自分に〜!!?」
「まぁ・・・どこにこんな大きなものしまってたのかしら?」
「姉さんツッコミどころが違うから!」
姉弟で繰り広げられた漫才をしているうちに、あっさりと引き金は引かれてしまった。
「やれやれ」
耳をつんざくような爆音のあと、部屋の中を白く覆う煙の中から聞こえてきたのは幼い子供の金切り声ではなく、低く成熟した甘さを含む声だった。
「どうやら10年バズーカで10年前に呼び出されてしまったみてーだな」
白い煙の中から現れたのは牛柄のシャツの胸元を大きく広げた悩ましげな表情の青年だった。
「なっ」
「お久しぶり、若きボンゴレ10代目」
「ツナのお知り合い?」
「このヒト・・・・・・・・・え?」
「10年前の自分が世話になってます。泣き虫だったランボです」
「な、なんだってー!!?」
「え?え?」
突然現れた青年が先ほどまでいた小さな子供と同じ名前を名乗ったことに揚羽は首を傾げた。
「えっと・・・あなたも、ランボちゃん?」
「あぁこれはこれは・・・すみません、親愛なる若き揚羽さん」
「親愛・・・?」
自分の足元でへたり込んでいた揚羽にようやく気付いたのか、青年のランボが揚羽にうやうやしく手を差し伸べ助け起こした。
10年後から来たらしいランボ曰く、先ほど小さなランボが自身に向けて撃ったバズーカは、撃たれたものを5分間だけ10年後と入れかえることができるらしい。なんとも摩訶不思議だ。
「じゃあホントのホントにランボちゃんなんだ」
「そうですよ」
あのわんぱくな子供が将来には、これほどの落ち着きを見せるなんてとてもじゃないが信じられなかった。揚羽は10年という月日の長さを改めて思い知らされる。
「見ろよリボーン。見違えちゃっただろ?」
しかしこの後すぐに、人はそう簡単に変われるものではないのだと、思い知らされることになる。
未だ来ぬ未来
(が・ま・ん・・・うわぁああ!)
(変わってねぇー!?)
(あらあら大変、血が・・・!)
やっと1巻しゅーりょー。
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