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退学クライシス


「あれ?今日の理科、根津先生なの?」
「うげっ、そうみたいね」









‡標的5‡ 退学クライシス









「今日は榎本先生が臨時出張なので、私が授業を受けもった」


 至る所から「うげ〜」という声がぼそぼそと聞こえる。どうやら、彼はあまり人気が無いようだ。


「サイアク」
「奈緒ったら、根津先生がホントに苦手なのね」
「当たり前よ。てか嫌いだし」


 ボソボソ、と揚羽と奈緒は根津に悟られないよう気をつけて会話する。
 確かに、揚羽もあまり彼のことを好ましく思ってはいなかった。根津は自分が名門校の出身ということをひけらかして、勉強ができない生徒をいびることが多々あったのだ。
 自分ができるから、と、できないものを非難するのは可笑しいと揚羽は思う。数字の羅列にどんな意味があるというのだ。


「では、この間の中間テストの答案を返却する」


 根津が淡々と継げた言葉に、今度は憚らない悲鳴がクラス中に響き渡った。


「相内」
「はい」
「藍田」
「はい」


 出席番号の順に、答案が返却されていく。
 自分の前の番号の人が呼ばれて、揚羽も席を立った。


「柚木」
「はい」


 名前を呼ばれて、揚羽は答案を受け取ろうと返事をする。しかし、彼女の手が答案に触れる前に、根津が揚羽の答案を僅かに引き、その手は空を切ることとなった。


「?」


 返されなかった答案に疑問符を浮かべると、根津がその用紙に目を通してニタリと微笑んだ。


「あくまで仮定の話だが・・・・・・クラスで唯一90点台をとっている真面目で勤勉な生徒がいるとしよう」
「あの・・・?」


 突然に語られ始めた話に揚羽は戸惑いつつも、心うちではまたか、とげんなりしていた。彼の『あくまで仮定の話』はいつものことなのだ。


「エリートコースを歩んできた私が推測するに、そういう生徒は将来エリートコースを歩み、身に見合ったエリートと結ばれ幸せな生涯を真っ当するだろう」


 そう言い切って揚羽の用紙を受け取ろうと伸ばしていた手を彼女の答案を持っていた手で根津が掴む。分厚い眼鏡の奥の瞳が射抜くように自分を見ているのに気づき、揚羽は背筋の産毛を逆立たせた。失礼にならない程度にその手をほどき、答案をほぼひったくる形で受け取って自分の席へそそくさと戻った。


(き、気持ち悪・・・!)


 背中に感じる舐めるような視線に、揚羽は恐れ慄いた。


「・・・あんたってー、昔から陰険な奴やガラの悪い奴にモテたわよねー・・・」
「冗談じゃないわよ」


 親友がしみじみと言った言葉に揚羽は項垂れた。彼女にしては珍しい、哀れむような表情が、かえってこの場合は痛い。


「いくつ離れてると思ってんのよ」
「それはそうだけど」


 憮然とした表情で揚羽が睨みつける。10や20どころの騒ぎではないのだ。


「ま、『お気に入り』には違いないでしょ」
「・・・やめて」


 はぁ、と揚羽は重い息を吐いた。









***









「はぁっ?退学!?」


 自分の席で次の授業の準備をしていた揚羽は、教科書を揃えていた手を止めて、素っ頓狂な声を上げた。


「退学ってあの退学?」
「そう。その退学」


 親友の齎した情報に揚羽は首を傾げた。


「中学って義務教育でしょう。停学ならまだしも退学ってできるの?」
「さぁ?でも、暴力をふるったって言って根津が大騒ぎしてるのは本当みたいよ」


 この親友の情報ならば信憑性は高いだろう。揚羽は顎に指をあてて考え込んだ。とりあえず、何か面倒なことに最愛の弟が巻き込まれているということだけはわかった。
 がたん、と椅子がひっくり返りそうになる勢いで揚羽は立ち上がる。


「ちょっと。校長先生のところに行ってくるね」
「もうすぐ先生くるわよ?」
「何か聞かれたら「腹痛で保健室」って言っといて」
「はいはい」


 悪びれもせずに言い放った揚羽に、親友は少しだけ苦笑する。彼女が真面目だと、誰が言ったのだろうか。









***









「失礼します」


 コンコン、ときちんと2回ノックをしてから、揚羽は校長室へ足を踏み入れた。


「やあ、柚木君じゃないか。どうしたんだね?」
「あの、1−Aの沢田が退学になった、と伺ったんですが・・・」
「あぁ!そういえば彼は君の身内だったね」


 そう言って校長は困った笑みを浮かべた。


「そのことなんだがね。「いきなり退学は早計すぎる」と私もいったんだが、根津君が「ならば猶予をあたえる」といいだして・・・」
「猶予?」


 校長の言葉に揚羽は首を傾げた。
 詳しく聞いたところによると、どうやら今日中に15年前のタイムカプセルを掘り出せば今回の件は水に流すとのこと。そして、できなければ即退学らしい。
 それはそれで、異例の措置だとは思うが、タイムカプセルという言葉に、揚羽はしばらく考え込むように沈黙し、ぽつりと尋ねた。


「あの、『アルバム』ってあります?」
「アルバム?」


 唐突に聞かれた問いに、今度は校長のほうが首を傾げた。


「はい。卒業の記念に埋めたものなら卒業アルバムに場所が記載されていると思うのですが」


 おずおずとなされた進言に、校長はハッと息を飲んだ。
 並盛中学では毎年、卒業生がタイムカプセルを埋めるしきたりになっている。しきたりならば、そのことは卒業アルバムにも書かれているはずだ、と、揚羽は言いたいのだ。


「ナルホド、その手があったね。確かにそうだ。それなら、隣の資料室に今までの卒業アルバムが全てあるはずだよ」


 そう言って、彼はぽんと手のひらに拳を乗せた。少し、古典的だった。
 そして鍵を取り出してきて、親切にも開けてくれた。




「ごほっ」


 部屋に入ると、中は埃が充満していて、足を一歩進める度に土埃が舞った。煙たい空気に、揚羽が思わず咽てしまう。


「すまないね。あまり頻繁には掃除しないものだから。たしかこの辺に・・・あぁ、あったあった」


 おそらく歴代の校長のだろう、順番に並べられた顔写真の横を通り過ぎて、二人は奥にある古ぼけた本がずらりと並んである棚に向かった。
 校長がその中から一冊取り出して、その場で開いて見せた。


「どれどれ。・・・・・・おや?どこにもないな」
「あれ?本当ですね」


 他のアルバムを見ても、本来ならば記載されているはずの場所に、その年のだけ、タイムカプセルのことが載っていなかった。揚羽と校長はそろって首を傾げる。
 揚羽は、少しでも情報を集めようと卒業生の文集に目を通す。


「あ」


 とある一文に目を留め、それを読み上げる。


「校長先生、ここ。「今年はタイムカプセルができなくて残念です」ってありますけど・・・」
「どれどれ・・・・・・・・・あ」


 揚羽が指した文を読み上げ、校長は短く声を上げた。


「そういえば、15年前は例外的にカプセルを埋めなかったんだった」
「せんせぇ・・・」


 どうしてそんな重要なことを忘れるんだ。と、揚羽が胡乱げな目で見上げる。


(あの人・・・このこと知ってたんじゃないかしら?)


 「あの人」というのはもちろん根津のことである。根拠はないが、なんとなくそう思った。
 揚羽が思考を巡らしていると、校長が慌てて立ち上がる。


「こうしちゃいられん!はやくこのことを根津君に知らせなければ」


 お人好しの校長は、あくまで彼がこのことを知らずに例の『猶予』を提案してきたのだと思っているらしかった。そのとき、


「え?」
「な、何の音だ?」


 ドーン!という激しい爆発音が遠くから聞こえてきて校長が足を止める。遠くと言っても音が届くくらいには近場のようだ。
 揚羽は内心冷や汗をかく。心当たりがありすぎた。
 しかし、訳がわからない音に驚いた校長は、戸惑いに足を揺らせ、肩口を本棚にぶつけさせた。


「きゃ!」


 その拍子に一冊の本が棚から転げ落ち、揚羽の足下で音をたてる。


「す、すまない!怪我はないかい?」
「ええ、大丈夫です」


 たかだか一冊の本。当たれば痛いだろうが、当たったとしてもそれほどの怪我はない。丁寧に心配をかけてくれる校長に揚羽は微笑んで無事の旨を伝え、落ちた本を拾い上げる。


「あれ?」


 落ちた際に広げられたページになんとなく目を落とし、揚羽はあるものに気づいた。


「どうしたんだい?」
「あの〜これ・・・」


 揚羽と同じものを目にし、彼も固まる。黙してしまった二人に、その場は外から聞こえる地響きの音だけが支配した。









***









「グラウンドをまっぷたつに割るようなことがあれば考え直してやってもいい」


 彼のその、無責任極まりない言葉で、あわや可哀相に。グラウンドは真実、まっぷたつになってしまった。


「獄寺と沢田だな!グラウンドで何をしてるかーっ」


 地震のような揺れとともに、崩壊したグラウンドを見て、根津が怒鳴った。先の己の言葉は忘れてしまったらしい、なんとも無責任だ。


「即刻退学決定・・・」


 いまだ黒い煙を上げるグラウンドに佇む二人の姿を見て、根津は勝ち誇った。これで、奴らを退学に出来る、と。
 しかし、そんな根津の前に、獄寺は黙したままある紙切れを差し出した。


「!?」


 それは「根津銅八郎」と名前が書かれた答案用紙だった。


「15年前のカプセルはでなかったが、かわりに40年前のタイムカプセルがでてきたぜ」


 彼の手にはひび割れてしまった地面の中から出てきたのだろう、卵状の容器を持っていた。もう一度、さながら名探偵が犯人へ殺人の証拠を突きつけるように、彼は根津に彼の答案を差し向ける。


「なんでエリートコースのおまえのテストが平凡なうちの中学のタイムカプセルに入ってるんだ?しかもこの点数。んだコリャ!?」


 その点数とは2点や0点や6点。あんなにクズで、落ちこぼれと馬鹿にしていた綱吉よりも低い点数なのである。


「そ、それは・・・・・・・・・」
「その話。私にも詳しく聞かせてもらえないかね」
「は!こ、校長先生!と、柚木さん?!」


 突然、背後から降って沸いた声に根津は顔を青褪めさせて振り返る。そこには、珍しく少し怒ったような顔の校長と一冊の本を抱えた揚羽がいた。校長は兎も角、何故、関係ないはずの揚羽がいるのか。根津は一度に起こった信じられない事象に目を白黒させる。


「姉さん!」
「ツナ!・・・・・・なんか、焦げてるけど、大丈夫?」
「あ、あはは・・・」


 駆け寄ってきた弟の姿を見て揚羽は眉を寄せた。『死ぬ気』の状態だったのか、半裸であることはともかく、綱吉の髪や下着の端は焦げていて、身体のあちこちは煤けている。惨憺たる有り様だ。
 揚羽の訝しげなツッコミに、綱吉は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


「姉?」
「沢田綱吉はわたしの弟です」


 きっぱりと言い放った揚羽の言葉に、根津は目を見開く。学年一真面目と言われている揚羽と、学年一落ちこぼれと言われている綱吉が姉弟など、信じられなかった。


「そんな馬鹿な!そもそも・・・」
「それよりも」


 まだ、何か言い募ろうとしていた根津のそれ以上の追求を遮り、揚羽が腕に抱えていた本を開いた。あるページで手を止め、根津に見えやすいように広げて見せた。


「並中の卒業アルバムに根津先生の名前と顔写真が載ってたんですけど・・・」


 ほらここ。と言って揚羽が指したのは、まさしく40年前の卒業アルバムで、彼女の指が示しているところには根津の面影を持つ少年の写真と、その下には「根津銅八郎」という名前。同姓同名というには、あまりにも似すぎている。


「確か、君は小学校から名門のエリート学校に通ってたんじゃないのかね?」


 校長の厳しい追及に、根津は言葉を詰まらせた。


「詳しく話しを聞かせてもらおうか」
「・・・う」





 結局、根津は一流どころか五流とも言える大学の出身だったらしく、学歴詐称で解任されることになったそうだ。









(ツッ君)
(んー?)
(よかったね。いいお友達ができて)
(なっ・・・・・・・・・う、まぁ・・・友達として、ならね)
(ふふ)









やっと五話ー!またまた獄寺の話ですね!(五話寺的な意味でなく)
まあ出番はほとんどっていうか、まったく無いんですけど。
つーか、最初に立った恋愛フラグはまさかの根津でした。わはは。(これは誰夢ですか?校長夢?)
こんな感じで、これからも逆ハーとは程遠いストーリー展開になるでしょう。ごめんよ揚羽、でも愛はあるんだ一応。(ただ、管理人が捻くれてるだけで)

次は山本ですね!(またコイツが難しいんだ)


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