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はじめての殺し



 ズガンッというなんとも殺伐めいた音で揚羽は手を止めた。


(朝っぱらから元気ねー)


 銃声が聞こえることがもはや日常になりつつあることに一抹の違和感を覚えながらも、揚羽は落ち着いていた。そろそろ、日曜なのをいいことに惰眠を貪っている弟を起こさねば、と思っていたので手間が省けたという感謝の気持ちすらある。
 すっかり揚羽も今の生活に染まってしまったようだ。


「こんにちはー!」


 そとから聞こえる元気な声に、揚羽は今日はお客さんが多い日ねぇ、とにこにこした。


「いらっしゃいハルちゃん」


 しかし、目に入ったハルの姿を見て少しぎょっとする。


「文化祭の演劇で屋形船やることになったんです!」
「その格好でここまで来たの?」


 両手を広げて自分の姿を誇張するハルは大きな屋形船らしき個体を胴体部分に取り付けていた。


「是非ツナさんにも見てもらいたくて!」


 そういうハルはとても可愛い。可愛いのだが。


「ツナなら今起きたばっかりみたいだけど。どうぞ上にあがって?」
「はーい!」


 機嫌よく上にあがっていくハルの後ろ姿を見て「まぁいっか」と揚羽は思考を断ち切った。
 そして階段をあがっていくハルと入れ違いに、ビアンキが降りてきた。


「ビアンキさん、上の様子はどうですか?」
「ええ。相変わらずリボーンは素敵よ」
「そうですか、それはよかった」


 このやりとりは通常運転だ。
 台所に入ってきた彼女のために少し場所を譲る。


「何か作るんですか?」
「ツナが一人前になったから赤飯をつくってあげるの」
「まぁツナのために?」


 どんな理由でも『ツナのため』というだけで揚羽は嬉しい。


「ん?」


 『一人前』?


(何が?)


 ピーンポーン、ガチャ。


「いらっしゃい、ふたり・・・」
「なんでおめーがココにいんだよ!」
「今日部活ねーからおまえと同じヒマ人なんだ」
「・・・・・・・・・とも」
「あ!姐御おじゃまします!」
「センパイちわっす!」


 開けた瞬間、殺伐とした空気に、揚羽は思わず固まる。
 揚羽が見ていることに気付いた獄寺が、取り繕うように笑顔になった。しかし、両手は山本の胸倉を掴んでいて、台無しだ。


「ふふ。二人とも元気ね。ツナなら二階の部屋にいるから」


 どうぞ。と中に通した瞬間に、また喧嘩を始めた二人の声を聞いて、揚羽は思わずクスクスと笑みをこぼした。


「ひーふーみー・・・うーん、おぼんに全部乗るかなー」


 自分の労力と効率とを天秤にかけながら、揚羽は食器棚からコップを二つとった。









‡標的19‡ はじめての殺し









「あれ、雲雀くん?」


 カチャカチャ、と危うくも、器用にコップを8つおぼんに乗せた揚羽が扉を開けて驚いた。彼女の知らぬまに、さらにお客様が一名増えていたのだ。


「こんにちわ。いらっしゃい」
「やあ」
(姉さん普通に会話してるーーー!?)
「すぐに飲み物もってくるから。ゆっくりしていって?」
(しかも、もてなそうとしてるーーー!?)


 全校生徒が怯えて目も合わせることすら出来ないであろうヒバリに向かって微笑みかけ、あまつさえ長居をすすめる姉に、うっかり大物感を覚える綱吉だった。そして、それは御免だと思った。出来るなら早く帰ってくれと願う。


「おかまいなく。用がすんだらすぐに帰るよ」
「用?」


 小首を傾げる揚羽は、雲雀の足の下で人が寝ていることに気付いた。


「あれ?この人・・・」
「心臓を一発だ。君の弟なかなかやるね」
「え?」
「姉さんごめん!この人、オレが殺しちゃったみたいなんだ・・・!」
「え?」


 自分の犯した罪を思いだし、綱吉はまた涙ぐんだ。いつも自分を助けてくれる姉にだけは、正直に打ち明けようと思う。


「雲雀さんはこの死体を内密に処理してくれるために今日きてくれたんだ」
「また後で風紀の人間を寄越すよ」
「はぁ?」


 姉のすっとんきょうな声に、綱吉はまた泣きたくなる。きっと自分のことを見損なったのだ。もしくはあまりにも現実離れしたことがらに、信じれないのかもしれない。


「死体って、何を言ってるの?この人・・・ぐぇ」
「オイ、ヒバリ」
「なに?赤ん坊?」
「ついでにコイツも連れてってくれ」


 そういって揚羽の言葉を遮ったのは、赤ん坊こと、リボーンだ。後ろの襟を遠慮無しに引っ張っているため、揚羽が苦しそうに藻掻いている。
 呼び止められた雲雀は窓枠に足をかけたまま振り向いた。


「ふーん、じゃあそれも貸しだね」
「あぁ」


 雲雀が面白そうに承諾すると、リボーンは小さな腕を振りかぶった。もちろん揚羽の襟首をつかんだまま。


「きゃあ!」


 つまり揚羽をぶん投げた。


「いたた・・・」


 首を締められ、放り投げられ、突然の身体への負荷にぐるぐる回る目を、揚羽はなんとか抉じ開ける。
 そしてぎょっとした。ぶん投げられた揚羽を受け止めたらしく、雲雀に横抱きにされている状態だったのだ。流石の揚羽も動揺してしまう。


「ご、ごめんね雲雀くん、助けてくれてありがとっ。も、もう、リボーンちゃんったら、危ないでしょ!」


 思わず元凶のリボーンを怒りながら降りようとするが、それは叶わなかった。雲雀がしっかりと揚羽の足を抱えているからだ。彼がわざと離そうとしないことに気が付いた揚羽は疑問符を浮かべる。


「あの、雲雀くん?」
「なに?」
「えーと、重いでしょ?降ろして、くれないかな」
「駄目だよ、君は赤ん坊に貸しをつくる材料なんだから」


 そう言って窓の桟に足をかける雲雀に、揚羽は青ざめる。ずっと一階にいた揚羽は二階に上がっていく人間をみんな把握していた。しかし、彼は一度も見かけていない。つまり一階から入ったのではないのだ。つまり、


「ちゃんとつかまってね」


 という、なんとも簡素な説明だけで、雲雀は侵入経路だったらしい二階の窓から飛び降りた。


「ぎ、ぎゃあああああああ!」
「ね、姉さーーーーーん!?」


 慌てて窓の外に顔を出した綱吉は見事に着地する雲雀と、恐怖で屍同然の表情になった揚羽の無事(?)を見つけてほっと息をついた。


「失礼だね。僕がしくじるわけないだろう」
「そ、そんなこと言われても・・・」


 怖いものは怖いのよ。とゲッソリとした揚羽に、雲雀はふーんと興味なさそうにしながら、彼が乗ってきたらしいバイクの後ろに揚羽を座らせた。とりあえず、地に足がついた訳ではないが、浮遊感のないしっかりした場所に降ろされて揚羽はほっとする。


「待って獄寺君!姉さんが側にいるから!!」
「大丈夫です!まかせて下さい!」


 言い争う声が頭上から聞こえ、自分の名前を呼ばれた揚羽は上を見上げてギョッとした。
 今まさに獄寺がこちらへダイナマイトを投げようとしていたのだ。


「姐御!ふせて下さい!(右に投げますね)」
「アイコンタクトしてもわかんないって!」


 なんだか右目をパチパチさせる獄寺に綱吉がツッコミを入れている。
 もちろん、その意図が汲めない揚羽は降り注ぐダイナマイトの雨に「ひっ」と悲鳴にならない声を上げた。


「死に急ぐなよ」


 しかし、揚羽の前にいた雲雀があっさりとダイナマイトを全弾打ち返し、またその打ち返したダイナマイトは、器用にも綱吉の部屋へと戻っていった。


「あぁっ部屋が・・・!」


 昨日もリボーンが宿題の解けない綱吉に業を煮やして部屋の中でバズーカを撃ったので、片付けをしたばかりだというのに。
 部屋から聞こえる爆発音に、生命の危機を感じなくなってしまった揚羽は、内装の状態を按じた。
 雲雀は我関せずと、バイクに股がりエンジンをかけた。嫌な予感がする。そして、そういうときは大抵当たるのだ。


「ちゃんとつかまってね」
「え?ちょっ、まっ・・・!」


 まだちゃんと座ってないんですけど!?

 という揚羽の訴えは華麗にスルーされ、聞き覚えのある簡素な台詞だけで、無常にもバイクは発進された。


「きゃあああ!?」
「そんなに怖がらなくても事故したりしないよ」


 そう比較的優しく言われても、揚羽は正面に向いて跨がっているのではなく、横向きに腰掛けている状態なのだ。直進だけならさして問題はないが、右折や左折の場合はしっかりつかまっていないと振り落とされてしまうかもしれないと想像してしまう。怖がるなというほうがおかしい。
 しかし、雲雀の運転は随分とゆっくりで、もともと体幹が優れている揚羽はすぐにそれに慣れた。恐る恐る訊ねてみる。


「雲雀くん、今、何キロだしてるの?」
「40キロ。法定速度内だよ」


  意外だ。

 思わず心の中で呟いてしまった。


「君なにか食べたいものある?」
「え?」


 雲雀のほうから話しかけられるとは思わず、反応が遅れてしまった。改めて彼の言葉を咀嚼する。
 確かに少し早いがもうすぐお昼の時間だ。意識すれば、お腹が少しくぅと鳴った。


「どこか連れてってくれるの?」


 沢田家はもともと、家で食べることが多い。それで不満をもったことはないが、外で食べることも好きだ。


「でも、わたしお金もってないよ?」
「そんなのどうとでもなるよ」
「なっちゃうの?」


 立て替えてくれるということだろうか。何故、雲雀がそんな申し出をしたのかわからず揚羽は少し悩んだ。


「僕は人に貸しを作るのは好きだけど借りを作るのは嫌いなんだ」
「うん?」


 付き合いはまだ短いが、彼にしては饒舌と思われる言葉に、揚羽は考えた。
 『貸しを作るのは好きだけど借りを作るのは嫌い』そして『揚羽に昼ご飯を食べさせる』。関連性は皆無のようだが。
 『借り』、『昼ご飯』。


「あ。・・・あ〜!」


 否。一つだけ心当たりがあった。


「えー!もしかして運動会のお弁当のお礼?」


 そもそも彼と深く関わったのはそのとき位だ。


「確かに手伝いはしたけど、作ったのも材料揃えたのもお母さんなんだけど」


 彼が半分以上を食べたとはいえ、そもそも食べかけを譲ったくらいで、お返しをもらうつもりは毛頭なかった。


「どうするの?いくの?いかないの?」


 しかし、雲雀は引くつもりはないらしく、それだけを言った。
 そんなの答えはもう決まっている。


「もちろんご一緒するわ」


 にっこりと微笑んで答えた。


「でもね」


 しかし、その前にもの申したいことがあった。


「わたし裸足なんだけど」











(ただいま〜)
(あ!姉さん大丈夫だったの?!)
(うん。なんかね〜。靴買ってもらって、美味しいご飯食べて、海を見ながら送ってもらった)
(思ったよりずっと満喫してたー?!)
(ふふふ。靴もご飯もゼロが5つくらいあったんだけどどうしよう。ふふふ)
(姉さん気をしっかり!)


 お弁当のお返しなんだって!意味わかんない!










 〜おまけ〜


 廊下に置かれていたため爆風を逃れたらしい、モレッティが無事だった飲み物を口にする。


「ふー、アッディーオをすると喉が渇くんですよねー助かりました」
「何かってにのんでんだ!」
「え?でも人数分ありますよ?」


 コップの数は8つ。


「ほんとだ。姉さん、この人のこと知ってたの?」
「さっき上がったときに少し挨拶を」
「なーんだ。それで姉さん死体のフリに驚かなかったんだ」
「いや、モレッテイの特技については話してないぞ。揚羽のやつ普通に見て死んだフリなのを気付いてたな」
「えぇ!そーなの!?」
「それってなにげにすごいですね」
「ん?でもコップ一つ多くない?」


 今この場にいるのは、ツナ、リボーン、ハル、獄寺、山本、シャマル、そしてモレッティだ。
 雲雀の分は後から用意すると言っていたので、彼の分ではなさそうだし。と考えていると、不意にガチャリと部屋のドアが開いた。


「ツナ。赤飯が炊けたわよ」
「そういえば、ビアンキがいたんだ!」


 『赤』飯といいつつ、青紫色のお米は小豆の代わりにヤモリやカエルのようなものが見える。


「ふげー!」
「あっ獄寺くんが!」
「たくさんつくったからみんなで食べましょう」
「スピースピー」
「リボーン!寝たふりすんな!!」
「はひ?モレッティさん死んじゃいました」
「“アッディーオ”の正しい使い方―――!!!」
「ははは、このオッサン面白ぇ〜〜〜っ」







正直、このおまけを書くための話だったと思います。幕間のキャラたちを考えるのが楽しいです。
二人のデート(笑)内容も考えてましたが、めんどいのでカットしました。(オイ)


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あきゅろす。
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