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棒倒し【後編】


「ひどいわ」


 えぐえぐと涙ぐみながら、揚羽は悔しさで箸を噛み締めていた。


(リボーンちゃんのばか)


 群衆から外れた校庭の隅で、揚羽は独り寂しく弁当を広げていた。
 同じクラスの子と食べるという選択肢もあったが、ほとんどが家族で食べており、親友の奈緒に至っては家人が総出できたらしく、かなり大所帯になっていた。
 家族水入らずの場を邪魔するのは気が引けた。


(でも、予想以上にさみしい・・・)


 ちゃっちゃと食べてさっさと戻ろうと思っていたが、一人でつつく弁当のなんと虚しいことか。量も一人で食べるには多い。しかも自分が作ったおかずなので、より虚しい。我ながら美味しくできたと思うので、更に思う。


「食べてもらいたかったなぁ・・・」


 誰に、というものはないが、大切な人たちが喜んでくれたらいいと思いながら作ったものだ。
 悔しさと苛立たしさと寂しさがない交ぜになり、揚羽は堪り兼ねて叫んだ。


「リボーンちゃんの、ばか〜〜〜〜!!」
「くす」


 ふと、揚羽の雄叫びの中に、小さく微笑が交じる。勿論彼女のものではない。不思議に思ってあたりを見渡すが誰もいない。


「こっち」


 また声が聞こえて、上を見上げると、揚羽が日除けにしていた木の枝に、泰然といた。


「ひ、雲雀くんっ?」
「うん」


 出会って僅かだが、随分と御機嫌だとわかる顔で、雲雀がこちらを見下ろしていた。


「いつからそこに・・・」
「いつから?」


 こてん、と。不思議そうな顔で雲雀が首を傾げた。揚羽の記憶が正しければ、自分がこの場所についてからは誰も近くに現れなかったはずだ。つまり、


「なにいってるの?君が後からきたんだよ」
「で、ですよねー・・・」


 恥ずかしい。随分と恥ずかしい。誰もいないと思って、かなり油断した態度だったと思う。自分が何を口走ったか覚えてない。


「もしかして、聞いた?」


 熱くなった頬を両手で押さえて冷ましながら、揚羽はおずおずと訊ねた。雲雀はなんのことかわからないといった風にまた首を傾げた。


「君が百面相しながら悪口言ってたのは聞こえたけど」


 バッチリ聞いていたらしい。


「赤ん坊も来てるのかい?」


 それは揚羽の言葉を受けての言葉だとわかる。まだ若干の恥ずかしさが残っていて、揚羽は端的に答えた。


「来てるよ」
「ふうん、そうなんだ。彼は不思議だね。あんなに至るところに現れるのに、こっちから接触しようとしてもなかなか捕まらない」


 その言葉に、揚羽も首を傾げた。神出鬼没はともかく、彼は常に我が家にいるからだ。


「雲雀くんはもうご飯終わったの?」


 揚羽の唐突にも思える問いに、雲雀は何故か満足そうに笑った。


「まだ」


 その返しに、揚羽もまた、満面の笑みを浮かべた。









‡標的18‡ 棒倒し【後編】









「おいしい?」


 揚羽は水筒からコップにお茶を注ぎながら、ニコニコと訊いた。


「別に」


 しかし対する雲雀は箸を進めながらも、冷たくいい放つ。


「そう、それはよかった」


 しかし、きっぱりと言い切った雲雀にも、揚羽はさらりと言い返した。彼女を戸惑わせようとして、逆に雲雀が驚いた。


「何それ。君、おいしくないって言われて嬉しいの?」
「だっておいしくなくても食べれるくらいにはまずくないってことでしょ?」


 邪気のない顔で首を傾げて訊ねてくる揚羽に、雲雀は呆れた視線を向けた。


「無理して食べてたんだよ」
「嘘」


 ため息交じりで呟いた台詞を、揚羽はたった一文字で否定して見せた。


「雲雀くんは人を気遣うなんてこと、絶対しないもん」
「ずいぶんと、酷い言い草だね」


 しかし間違ってはいないのであえて否定はしない。


「雲雀くんお茶あるけどいる?」
「うん」


 揚羽も実は最初、ちょっとどうなることかと按じていたのだが、意外にも心穏やかに昼食を終えることができた。
 お弁当も、二人分としてはまだ多いと思っていたのだが、あっという間に全てなくなってしまった。どうやら彼の舌には合ったようだ。


「そういえば雲雀くんは競技にはでないの?」


 さも当たり前のように聞かれて雲雀は目を見張った。我ながら自分は有名であると自負していたのだが、そうでもないのかもしれない。


「僕は群れるのが嫌いなんだ」
「やっぱりダメかー」


 やっぱり、ということは、彼女は自分の性質を知りつつ質問したらしい。もはや、驚きを通り越し呆れ果てる。


「雲雀くんが競技に出てくれたら、ウチの優勝は間違いないのになぁ」
「そんなに勝ちたいの?」


 へぇ。と、雲雀は少し感心した。彼女はあまり、いさかいを好みそうには見えなかったからだ。
 揚羽は彼の細やかな偏見を小さく微笑んで一蹴した。


「ふふ。へんなの。雲雀くんは負けてもいいって思って勝負をするの?」


 質問に質問で返すのは卑怯かと思ったが、人一倍負けん気の強そうな彼はそれで押し黙った。彼女の謂わんとすることは伝わったらしい。


『おまたせしました』


 キインという雑音の後に、無機質な声が流れる。


『棒倒しの審議の結果が出ました』
「まぁ、どうなったのかしら」


 綱吉の安否が気掛かりな揚羽は、神妙な面持ちでアナウンスを聞いた。隣の雲雀は無言でお茶をすすっている。


『各代表の話し合いにより今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとします!』
「え?・・・えぇーーーーーー!?」


 放送の後に遠くから歓声が聞こえるが、揚羽にとってそれは想定した中でも最悪の結果だった。


「A組対B・C組連合って、そんなのほとんどリンチじゃない!」


 そして、A組の総大将は他でもない綱吉だ。弟の危険度が格段に増した。


「ごちそうさま」


 礼儀正しく食後の挨拶をして、雲雀が立ち上がる。


「君、勝ちたいんだよね」
「え?」


 それだけを言って足早に去っていく雲雀に、胸騒ぎを覚えた揚羽は慌ててその後を追った。


「ま、まって雲雀くん!今の、どういう意味・・・」


 揚羽の制止など気にも止めず、雲雀は競技の為に集まっている彼曰く群れの真っ直中に足を進める。
 B・C合同チームでは新しい総大将を誰にするかで議論を交わしてしたが、もはや勝ったも同然の空気でリーダーシップのある総大将が抜けた中、ほとんど烏合の集である彼らのそれはあまり実のある話し合いとは言えないものだった。
 この状態ならば、背水の陣で気合いの入っているA組にも勝つ可能性が残っていただろう。しかし、目の前の漆黒は、足掻く弱者をさらに踏みにじることに抵抗がない。


「僕がやるよ」
「ヒバリさん!!」
「まって!雲雀くん、おねが・・・」


 後から人混みを掻き分けて、なんとか付いてきていた揚羽が懸命に待ったをかけるが、彼は一向に気付くことなく、棒倒しの棒の頂上へ登っていく。


「向こうの総大将とあいまみえれば赤ん坊に会えるかも知れないからね」
「そんなのダメ!」


 雲雀が溢した本音を聞き漏らさなかった揚羽は限界まで声を張り上げる。それでやっと雲雀は気付く。競技に出ないのかと言ったり、ダメだと言ったり、雲雀は意見をすぐ変える人間が嫌いだ。


「君まだいたの?女生徒は参加できないんだから、はやく戻りなよ」
「これからツナをいじめるつもりでしょう?あの子を傷付けたら許さないんだから!」


 雲雀に対する暴言に、周りの人間が慌てて揚羽を取り押さえ、場外へ閉め出そうとする。


「柚木!これも競技なんだ!頼む、こらえてくれ!!」
「いやよ!2対1なんて卑怯よ!ツナは隠れて人を傷付けたりなんか絶対してないんだから!」


 しかし、どんなに揚羽が訴えても何十という人間を止めるには、力がなさすぎた。
 引き摺られるように揚羽が姿を消すのを見送り、雲雀はそこから目を逸らした。


「倒さないでね」
「はいぃ!」


 しぶしぶと観覧席へ戻ってきた揚羽を、親友が生温かく迎えた。


「またずいぶんと派手に啖呵きってたわね」
「喧嘩したいわけじゃないのよ?」


 眉尾を下げて言う揚羽の顔には弟を按じていることがしっかりと書かれており、奈緒はやれやれと肩を竦めた。こうなると、彼女の頭の中にはチームの勝利のことなど、入る余地すらなくなるのだろう。









***









 結局、試合はA組の自滅というなんとも後味の悪い幕切れで終わった。綱吉の怪我が最小限で済んだ揚羽だけが、ほっと安堵の息をついた。
 しかし、よかったと思った束の間。不完全燃焼だった闘志に火が着いたのか、決着したはずの男子生徒たちが乱闘を始めてしまったのだ。


「・・・・・・」
(あーあ。揚羽が怒った)


 自分の隣から立ち上る無言の怒りに奈緒は本能のまま、逃げた。三十六計逃げるに如かず。だ。
 大乱闘の集団に向かい、揚羽は臆することなく進んだ。しかし人だかりの中心ではなく、揚羽が向かったのはBC連合の総大将が登る棒のもとだった。 途中、興味を失ったらしく、校舎へ戻る雲雀とすれ違ったのだが、揚羽は一瞥もしなかった。もちろん雲雀も同じく。


「ねえ!」
「は?な、なんで柚木がここに?!」


 対戦というよりは乱闘に近い状況、もはや棒倒しという競技であったことすらすっかり忘れられている。それ故、もはや無意味な棒を支えているのはほんの数人となっていた。揚羽はそこに用があった。


「ちょっとどいて」
「な!おいっ何を!」


 彼女の放つ威圧感に気圧されしり込みしている男子生徒を無視して、揚羽は棒倒しの棒に体当たりをかました。


「うわあ!」
「なんてことを!」


 揚羽は乱闘の反対側から棒に近づきそのまま押したのだ。結果、どうなるかというと。


「みんな逃げろー!」


 乱闘の中心に棒が倒れた。


 そもそも倒されるために作られたもの。そこまでの重量はなく、誰一人怪我を負うことはなかったが、倒れる際に起こる騒音や風圧は、喧嘩に没頭している生徒たちの気を静めるには十分だった。
 濛々と立ち込める砂埃の中、揚羽の声が冷やかに響き渡る。


『皆さん・・・』


 キィン。


 いつの間に握っていたのか、手に持っていたマイクを口元に翳して喋る揚羽。当然のように、放送用のスピーカーから拡張された彼女の声が流れる。


『競技は終わりました。生徒は速やかに整列し、退場して下さい』


 にっこり。


 ・・・はい。


 マイクを通しているからか、まるで、アナウンスのように至極丁寧に言われた言葉に、全校生徒が一分の狂いもなく、同時に頷いた。










(恐怖!)







 丁寧な口調が余計に怖い。














実は獄寺と食べるパターンもありましたが、雲雀さんにしました。獄寺好きな方は申し訳ない💦


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