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Dr.シャマル


「ツナ。なんか顔色悪くない?」
「え?そう?とくになんともないけど」
「そう、ごめん。じゃあきっと気のせいね」









‡標的15‡ Dr.シャマル









(ツナ・・・大丈夫かな)


 この日、揚羽は部活を休んで、級友たちより先に帰宅していた。弟のことが心配だったからだ。
 本人がケロッとしていたので朝は流してしまったが、顔に少し陰りがあるような気がしたのだ。他者から見れば、大げさかもしれないが、今日は母も出かけていて遅くなるので、つい気がかりになる。もし万が一のことがあれば大変だ。


「そんなあ〜!!まだ死にたくない―――っっ」
「ツナ!?いったいどうしたの!!?」


 家の中から響いた弟の悲痛な叫びに、揚羽は思わず駆け込んだ。途端に体当たりしてきた弟をなんとか受け止める。最近はこのパターンにも慣れてきた。


「ね、姉さん!オレまだ死にたくないよー!!しかも体中にダメっぷりを刻んで死ぬなんてなおさらやだよーっ」
「ダメっぷり?」


 頭を抱えて叫ぶ弟の右腕に見慣れない痣があることに気付いた揚羽は、それが文字であったのでつい読み上げてみた。


「『注射の日は学校を休む・・・』」
「わあ!姉さんかってに人の秘密見るなよ!」


 秘密も何も、見えやすいところに書いてあったら見たくなくても見えてしまうだろうに。何よりも。


「そんなのとっくに知ってるし」
「へ?」
「ツナが注射のある日に仮病を使ってたことくらい知ってるわよ」
「え?う、うそ!?・・・って、あ!ドクロが!」


 綱吉にとって衝撃の事実を告げれば、気味の悪い髑髏の形をした黒い痣が薄れて消えた。


「こっちの『100点とったことない』ってのも知ってるわよ。ちなみに最高得点は64点よね」
「な、なんでそんなことまで!」


 綱吉は死の恐怖とは違う意味で青褪めたくなったが、それよりも消えていく死の徴候に安堵する。


「あ!また消えた!!」
「ドクロ病は死に至るまでに人に言えない秘密や恥が文字になって全身にうかんでくる奇病だからな。誰かがもともと知っていたら意味がないんだろう。だから消えたんだ」
「やった!姉さんがいたら死に恥をさらさないですむんだ!!」
「え?そんなヘンテコな病があるの?」


 聞いたことはないが、実際、綱吉の身体には文字状の妙な湿疹が浮かんでいる。


「まぁ恥をさらさないですんだだけで死はまぬがれないけどな」
「げっ!意味ねぇー!!」
「え?!ウソ!これ、死ぬような病気なの!!?」
「ああ〜〜〜〜ウソだろ〜〜〜!!!最悪だ!最悪の人生だ〜〜〜っ」
「助かる方法が一つだけなくはないけどな」


 リボーンの言葉に、綱吉と揚羽は、一斉に彼を見る。


「今なんて言った!!?」
「ほんと?リボーンちゃん!」
「オレの知り合いに不治の病に強いドクターがいるんだ。そいつを呼べば何とかなるかもな」
「なんでそれを早く言わないんだよ!早く呼べよ!!」
「ツナを助けてあげて!お願い!!」
「ん?」


 助かったといわんばかりに嘆願する二人に、リボーンはにやりと笑う。


「揚羽はともかく、そんな頼み方じゃヤダ」
「なっ」
「そうよ「早く呼べよ」なんて!」
「ちょっ」


 姉さんまで、と思う綱吉だったが確かに彼の言い分は正しい。何より背に腹は変えられない。綱吉は床に這いつくばって、お願いをした。


「うそですりボーン様!!こいきな殺し屋さん!どーかそのドクターを呼んでください!!」
「わたしからもお願い!!」
「助かったら次のテスト。学年で10番以内に入るか?」
「え゙!」
「もちろんよ!」
「え゙ぇ!?」


 さすが即答する揚羽には悪いが、綱吉には正直自信は無い。むしろ皆無だ。いつも30番以内をキープしている揚羽と違って、綱吉は下から数えて10番目くらいなのだから。


「揚羽じゃねえ、ツナだ。どうだ?」
「どうって言われても・・・」
「もちろん入るわよね!」
「いやなら・・・」
「入る入る入る!!入っちゃうよ!!」


 足元を見られている気はガンガンするが、綱吉には彼に抗う術は無い。もはや波に揺られる小枝のように流されるしかなかった。


「やめてくれ〜っ」
「死ね」


 突然沢田家に響き渡る悲鳴と無常な死の宣告。もちろん綱吉にではなく、別の場所からだ。すぐに、呻き声とともに、物が派手に落ちる音もする。


「なっ、何?」
「何事?!」


 綱吉はつい自分が死に掛けていることを忘れ、音の方へ駆けてみる。もちろん揚羽も後を追った。



「!!だ・・・誰だよ・・・?ポイズンクッキングの餌食になってんの―――!!?」
「すごい格好ねぇ」
「姉さんそういう問題じゃないよ!」


 そこには、階段から転げ落ちたのだろう、顔面の上に煙をたてるワンホールケーキを器用に乗せた男が、逆さまに落下した状態で倒れていた。もちろんケーキの煙は焼きたての白い煙ではなく、ピンクの禍々しいものだ。近づいて確かめるべくもなく、それが有毒なのがわかる。


「久しぶりに世のためになる殺しをしたわ」
「ビアンキ!!」


 セリフの物騒さとは程遠く、どこか清々しさすら感じられる表情でビアンキが階段を優雅に下りてきた。男が階段から転げ落ちたということは、階段の上から攻撃を受けたということ。彼の顔面に乗っている凶器(?)といい、状況証拠で十分犯人はわかっていた。


「おまえうちで殺しすんなよ!!」


 綱吉の脳裏に警察が自分の家の中を調べる様が過ぎる。ご近所からの評判がまたどんと下がっていくだろう。


「相変わらずのおてんばだなぁ」
「生きてる!!」
「やっぱ女の子はそーでなくちゃ〜っ」


 どうやらハンカチでビアンキの毒料理を防いでいたらしく、顔の前の布をどけて、男は始めて素顔を見せた。


「ますます好きになっちった」
「!」
「なぁ!!?」
「まぁ!」


 起き上がるや否や、すばやい動きでビアンキの頬に口付けをする男に、綱吉は怖いもの知らずだと青褪め、揚羽は熱烈な求愛行動に頬を淡く染めた。ちなみにこの場合正しいのは綱吉の反応である。


「死ね!」
「ぎゃっ」


 早速ビアンキの回し蹴りが男の顔面に決まる。よほど不快だったのだろう、廊下の突き当たりの壁にぶつかるまで、男は吹っ飛ばされた。しかし、短く悲鳴をあげれるあたり、男は生きているようだ。綱吉はもはやツッコミをいれるのも疲れたというように、成り行きを見守った。自分の命の期限が近いことすら、薄っすら忘れかけるほどだ。


「な・・・何だこの不法侵入者は・・・・・・・・・・・・」
「とっても情熱的な人ね」
「さっき話したドクターだぞ」
「はぁ―――!!?」
「イタリアから呼んどいてやったぞ。Dr.シャマルだ」
「本当に呼んでくれたのね!ありがとうリボーンちゃん!」
「オレは女との約束はまもるぞ」


 さっきの話というと不治の病とやらを直すことのできる医者なのだろうか。そこで綱吉は自分が不治の病だったということを思い出す。病が治せるかもしれない、と喜ぶ姉には悪いが、今も懲りずにビアンキへ言い寄りポイズンクッキングを浴びせられている姿を見るに、とてもじゃないが、医者には見えない。そもそも自分が死の淵にいることすら実感できないでいる。


「シャマル。こいつがドクロ病にかかったツナと、姉の揚羽だ」
「ん?あー、そーだった。そーだった。それでオレはおまえさんに呼ばれたんだったな」


 リボーンに話しかけられて、ポイズンクッキングで崩れた髪を整えていたシャマルはにこやかに笑って綱吉を見た。


「いやー悪いね。ついつい周りがみえなくなりがちな性格でね」
「はあ・・・そうなんですか・・・」
「ど・・・どーも・・・」
「失礼。ふんふん・・・。ん・・・!!!」
「え!?」
「え!?」


 綱吉の胸に手を当てたシャマルが何かに気付いたように声を上げる。それに綱吉と揚羽はそれぞれの胸に不安を過ぎらせた。
 もしや、不治の病に強い彼でも治せないほど酷い病状なのだろうか。


「わりーけど男は診ねーんだ」


 もっと酷かった。


「んな―――!!!」
「ええ―――!!!」
「そーいえばそーだった」
「うおいっ!!!」
「・・・・・・・・・」


 揚羽はもうツッコミを入れる気力もなく、ふらりと眩暈を覚えた。
 その間、綱吉が懸命に命乞いをしていたが、シャマルに冷たく無碍にされていた。揚羽も一応懇願してみた。


「お願いしますシャマル先生!このままだとツナが死んでしまうんです!」
「ん〜カワイコちゃんのお願いを聞きたいのはやまやまなんだが、これだけは無理だな。例外は0(ゼロ)だ」


 やはり駄目だった。


「そーだ!お嬢ちゃんがおじさんにチューしてくれたら考えてあげるよー?」
「え?ほんとですか!?」


 とても軽薄な物言いに信憑性はかなり低いと普段なら思うだろうが、今の揚羽にとっては地獄に差し入れられた蜘蛛の糸ほどに、この上ない希望の言葉だった。
 しかし、承諾の意を述べる前にビアンキが揚羽とシャマルの間に割り込む。


「揚羽!そんな男の餌食になってはダメよ!」
「でもビアンキさん!このままではツナが死んじゃいます!だったら私・・・」


 どうやら揚羽のことを妹のように思ってくれているらしいビアンキの心配に、嬉しいと心から思うのだが、正直今は綱吉の病を治すことを優先したかった。その為なら皮膚と皮膚の接触など、なんの価値もないだろう。しかし、ビアンキは揚羽のいじらしい様に、なおさら使命感に燃えたようだった。


「可愛い揚羽。あなたが犠牲になることなんてないのよ。安心なさい、私がこの男を始末してあげるわ」
「しちゃダメですよ〜!」
「ビアンキちゃんヤキモチー?だいじょうぶ、二人とも平等にチューしてあげるよー」
「殺す!!!」
「だからダメですってば〜!」


 離しなさい揚羽!ダメです〜!ツナを治せるひとがいなくなっちゃいます〜!ダメなまま死んでいくんだ!!もーほっといてよ〜!アハハ。ツナ君また変なこと言ってー。
 わーわーきゃーきゃー。いつの間にか来ていたらしい京子も含めて、沢田家は阿鼻叫喚の図になっていた。


「わーった、わーった、治してやるよ」


 しかし、突然。気が変わったらしいシャマルに二人は驚く。


「時間がねーんださっさとシャツ着な」


 しぶしぶながらも治療してくれるらしいシャマルに、綱吉と揚羽は感謝の意を込めて彼をドクターと呼んだ。


「ありがとうDr.シャマル!!」
「せーぜー人生をエンジョイするんだな」
「でもどーして急に治療してくれる気になったんですか?」
「おまえの背中の秘密を読んだらおまえのことが不憫思えてきてなぁ・・・」
「え?」
「おまえ京子ちゃんと話すまで女子と会話したことなかったんだってな。悲惨すぎる」
「ほっといてください!!」
「欠点で命の危機を回避するなんてすごいわね!」
「姉さんそれほめてないから!」


 どうやら、綱吉の悲惨な異性交遊っぷりに、同情してのことだったらしい。







(あばたもえくぼっていうでしょ?)
(姉さんのそれはフォローのつもりなの?)




 ていうかフォローするつもりないだろ。









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