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笹川了平


「おはようございます!」


 元気よく向けられた挨拶に、揚羽は振り向いて、笑顔になる。


「あら、京子ちゃん。おはよう!」


 そこには想像通り、綱吉の想い人である笹川京子が立っていた。


「今日はツナ君と一緒じゃないんですか?」


 一人で登校している揚羽に疑問を持ったのだろう。彼女はきょろきょろと辺りを見回す。まったく我が弟は間が悪い。


「ツナったら寝坊しちゃってね。置いてきちゃった」
「そうなんですか。ふふ」


 ぺろり、と舌をだす揚羽に、京子がころころと可愛らしく笑う。その時だった。


「うおおおお!!!死ぬ気で登校するー!!!」


 ズガン。という重い響きのあとに、もはや聞きなれた雄叫びが聞こえてきた。遠くに、民家の屋根の上を飛び跳ねる半裸姿が見えて、揚羽は一瞬思考停止をする。


「?なんだろう、今の声」
「そういえば京子ちゃん!」


 京子が振り返ろうとするのを、揚羽は無意識に引き止めていた。彼女の背後では相変わらず、必死な形相で駆けている姿が見える。


「なんですか?」
「京子ちゃんは、その・・・一緒じゃないの?お兄さんと!」


 心底苦し紛れだったと思うが、彼女は不審な揚羽の様子には気にも留めず、にこやかに答えた。


「お兄ちゃんは途中まで一緒だったんですけど、友達を見つけて先に行っちゃったんです」


 私も同じ方向の友達がいたらよかったんですけどね。と笑う京子は本当に素直で素適な子である。


「あれ?」
「どうしたの?」


 そのまま二人で和やかに登校していたのだが、すぐに彼女がある異変に気付いた。京子は誰も居ない道路の真ん中に置かれた学生カバンに駆け寄りそれを拾った。


「カバン?なんでこんなところに・・・」
「これ、お兄ちゃんのだ!」
「え?」


 たった今話題に出ていた彼女の兄に、まさかと一瞬疑うが、他でもない妹の彼女がいうのだから、間違いないだろうとすぐに思い直す。


「もーお兄ちゃんったら、何かに集中するとすぐにまわりが見えなくなるんだから」


 お兄ちゃんにカバン届けるので先に行きますね。と、揚羽に断りをいれる京子に、気にしないで。と快諾する揚羽だったが、どこかひっかかるものを感じていた。
 いくら、熱血な彼でも、登校中にカバンを忘れることがあるのだろうか、と。









‡標的14‡ 笹川了平









 激しく割れる硝子音に、揚羽はふと顔を上げる。


「今の音。ボクシング部の方からですねー」


 やだー、こわーい。と、少しも怖くなさそうな、むしろ楽しそうな様子でいう後輩に、こらこら、と揚羽は嗜める。


「だれか怪我をしたのかもしれないんだから。いじわるなこと言わないの」
「あそこで怪我人って言ったらたいてい決まってるじゃないですか」


 後輩の反論に、揚羽は苦笑する。確かに、中学の部活の練習程度で、怪我をする人物など、人一倍一生懸命な彼くらいなものだ。そして彼はどんな怪我をしても、たちまち不死鳥のごとく回復してしまうのだからまったく驚きである。


「ちょっと様子を見に行ってみるから、ここお願いね」
「はーい」


 しかし、少なくとも破壊音が聞こえてくるなど、ただ事ではない。今朝のこともあり、気になった揚羽は様子を見に行くことに決めた。その間の留守を近くに居た後輩にお願いするが、お願い、と言っても、今は各自自主連の真っ最中なので、揚羽一人が抜けたくらいじゃ、何も影響は出ないであろう。後輩はまったくお願いされる気のないように、ひらひらと手を振って揚羽を見送った。









***









「笹川先輩、ほんとうに大丈夫ですか?」
「うむ!極限に問題ない!」


 どくどく、と現在進行形で頭から血を流した状態で、そうきっぱりと断言できるのは彼くらいなものだろう。揚羽は呆れ半分、怒り半分で微笑んでみせる。


「へぇーえ?」


 それを見た、男子生徒二人は、保健室の入り口で固まる。付き添いで来ていたのであろう了平の後輩が「失礼しました!」と怪我人を置いて帰ってしまう始末だ。まったくもって失礼な。そんな恐い顔はしていない、と思いたい。


「なっ、柚木!なぜここに!」
「今日は養護教諭の先生がおやすみだったから手当てできるひとがいたほうがいいかと思って先に治療の準備をしていたんだけど───無駄足だったかしら?」


 ちょっと様子を見るつもりが、ボクシング部の窓ガラスは割れているわ、了平は血塗れだわ。とても酷い有り様だった。しかも、怪我をした本人は少しも気にしていないのだから、これが一番酷い。
 揚羽の微笑みの中に静かな怒りが含まれていることを感じ取った了平は途端に大人しくなり、身体を強張らせる。彼は短絡的に見えて、非常に気配りのできる人だった。きっと気丈に振舞っているのも、周りの人間に心配をかけまいとする思いやりからだ。もちろん本気で己の肉体の強靭さを信じている部分もあるだろうが。


「む、無駄ではないぞ!ぜひ、お願いする」
「じゃあ・・・治療方法についてだけど、『しみる薬を優しく塗る』のと、『しみない薬を痛く塗る』のと、どっちがいい?」
「・・・・・・・・・柚木、そんなに怒ることではないだろう?」
「怒ることよ」


 げんなりと懇願のように漏らす彼に、揚羽はきっぱりと言いつける。自分の大切な人を大切にしない人は許せなかった。例えばそれが、その人本人だったとしても、だ。彼女に妥協はない。


「京子ちゃんに心配かけたくないのはわかるけど。もっと自分を大切にして。貴方に何かあったら、それこそ京子ちゃんが悲しむわ」
「・・・すまん」


 本当に反省したらしい了平に、揚羽も小さく苦笑する。わかってもらえればそれでいいのだ。


「それで?どっちにする?」
「その2択は普遍か・・・・・・『しみる薬』で頼む」
「ふふ、わかったわ。まあ『しみない薬』なんてないんだけどね」
「・・・・・・・・・」


 本当に容赦がない。だが、それだけ彼女は自分の身を案じているのだ。と、思うことにする。







(だって、痛みを伴わない教訓に意味などない───そうだろう?)














正しくは『粉骨砕身』です。


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