よくできました(ベル)
その日は仕事もなく、日がな一日、ベルフェゴールは手持ちぶさただった。
どーすっかなーと思いながら無駄に広い寝台の上をゴロゴロと転がってみる。テレビをつけてはいるものの興味を惹かれる番組はない。ゲームも対戦相手がいなければいまいち面白くない。映画のディスクは既に見たものばかり、新しいものを買いにいくのはめんどくさい。
また、どーすっかなー。とひとりごちて、無駄に山積みされた枕に顔から突っ込んでみた。高級羽毛の枕はまったく傷みを感じさせない。ふと、フカフカな枕に顔を埋めた視界の端に、小さい影がちらついた。
首を横に向けると、開けっぱなしだった扉の前を、てってってっと横切る黒いウサ耳。ゆらゆらと揺れるそれを見つめて、ベルはにたぁと並びの良い歯を見せて笑った。
みぃつけた♪
「べうへ、ごーる」
「お〜♪もうちょっとじゃん」
もういっかい。
今日も今日とて、暇潰し。ソファに横になって肩肘をつきながら、王子はにししと笑う。
たまたま通りかかった幼児をふんづかまえて、有無を言わさず部屋に引きずり込んだ。相手の意志?そんなの関係ないよだって王子だもん。
幼児に「すくあーろさん、に、よばれてるんです、が」とか言われた気もするが、まぁ大丈夫だろう。だってスクアーロだし。
「べーるーへっ、ごぉう」
「おっし〜」
ベッドの上に正座させられた子どもに一瞥もせず、とくに面白くもない雑誌をめくる。とくに彼に自分の名前を呼んでもらいたい訳ではない。この幼児は普段自分を愛称で呼ぶので呼べないままだとて特に不自由はない。ただ、自分の為に他人が動く様を堪能することが、とてつもない快感なのだ。
「ベルふぇ、ごぉ、る」
「あってるあってるもういっか・・・」
ピタリ。と言葉が止まる。なんとはなしに顔を横に向ければ、言った本人もびっくりした様子で固まっていた。
「あってるな」
「いえ、ました・・・」
ただでさえくりくりな黒い目を大きく見開いて、噛み砕くようにゆっくり確認する。
「あってるじゃん」
じわじわと、その事実がベルの中に浸透し、喜びに小さな体をほとんど放り投げる勢いで持ち上げる。
「うわ!」
「すげー!すげー!おチビすげー!」
出来なかったことが出来るようになる。幼い頃から天才と呼ばれているベルには到底無縁な事柄だ。体験することなど奇跡に等しい。その奇跡が目の前で起こったのだ。
ベルは我が事のように喜んだ。
「エライじゃんおチビ」
最後の胴上げでほんとに放り投げられ、シーツに踞る幼子の頭を止めとばかりになでくりまわす。
乱れた頭髪を直す余裕もなく、幼児がおずおずと顔を上げる。
「エライ、です、か?」
「エライエライ。王子が誉めてつかわす」
フランがいたらどんだけ上からなんですかーとか言われそうな、不遜そのものの態度で、ぐりぐりと頭を撫でるベル。
ふと、その手がピタリと止まり、小さい頭を鷲掴む。
「ベル、さん?」
不思議に思って見返すと、突然子どもの腰に腕を回し、荷物のように抱えると、だっと駆けて叫んだ。
「カメラー!」
「ふぇ?」
なぜ急にカメラなど、と思うが、ベルは子どもの声など気にもとめず、廊下を走る。
「おいカスアーロ!カメラ貸せ!」
「てめーどう転んでもおろされたいらしいなぁ」
突然ノックもなしに部屋へ乱入したベルに、スクアーロは義手の剣を構える。
「ちげーよ!剣じゃなくてカメラだっつの!カメラ!」
いつもなら嬉々として、ナイフを構えて迎え撃つくらいには戦闘狂なベルだが、今日は様子が可笑しい。
「何があったんだぁ?」
さすがに不思議に思ったスクアーロがたずねると、やはり珍しくベルが高らかに叫んだ。
「おチビが笑ったんだ!」
な ん だ と ?
バターン!そこらかしこでドアを蹴破ったような音が響く。
まず動いたのはスクアーロ。
さすがは作戦隊長。一瞬で事態を把握し、次の行動を即座に決めた。
「ルッスーリアぁああ゙!」
ルッスーリアがいるであろう方向に向かって、咆哮する。小脇に抱えられたままの幼児の肌にビリビリと振動が伝わるほどデカイ声だ。
しかし、スクアーロが叫びおわる前に呼ばれた本人は現れた。さすがはヴァリアークオリティと称されるだけはある。ルッスーリアの逞しい腕にはスクアーロが所望するであろう機材が抱えられていた。
「スク!」
「ルッスーリア!この間山本武に送ったDVDを撮ったカメラはどこだぁ!」
「もう持ってきたわ!あと好感度カメラと連写用ももってきたわ!」
「よぉお゙おっし!!」
「やー。ミーの携帯でも写メっていいですかー?」
「デ、デジカメ・・・!」
あとからあとから、なんやかんやでほぼメンバー全員が集まった。
よ く で き ま し た 。
(隊長もう元の顔に戻ってるぜ)
(なんだとぉ!?)
(隊長の声がデカイからじゃないですかー?)
(ダメよスク。すごんだら余計に恐がっちゃうわよ)
(む、無念だ・・・)
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