*狂道化
痛む体を、悲鳴を上げる身体を叱咤して、走り続けた。
もう、二度と手の届かないところで何かが失われるのはイヤだった。
目の届くところにいるのに、何もしないでいるのは赦せなかった。
狂道化
肩を擦りつけるように壁に寄りかかり、腕に擦り傷ができるのも厭わず前に進み続けた。
幸い、ずば抜けて記憶力のいい彼女にとって、一度来た道を戻ることなどは造作もないことで迷う心配をする必要はまったくなかった。ただ、見境なく無限に湧き出てくるモンスターに手間取った。また死角から現れた新しい敵に、ジゼルは行儀悪く舌打ちをする。
相手の体格や動きから攻撃パターンやリーチの長さを予測して、なんとかモンスターの攻撃から逃れていたが、いかんせん普段の行動や発言はともかく一応ジゼル自身は普通の女の子だった。至って。
力ではもちろんモンスターに敵うはずがないし、避けることはできても逃げ続ければ自然と体力はなくなってしまう。
それでも進んだ。事前にモンスターを回避したり、上手く頭を使って逃げたり、それでもしつこいやつは即座に分析し、針に糸を通すように導き出した急所へ一発くれてやることでなんとか倒して進んでいった。
ふと、遠くなく聞こえてきた喧騒に、ジゼルは足を止めた。声の聞こえてきた方向が自分の進路と合っているのを確認してから、歩みを進める。
近付くに連れて、ただの雑音でしかなかったそれがよりはっきりと明確に聞こえてくる。そして聞き覚えのありすぎる声たちの中に、先ほどからずっと焦がれていた声が混ざっているのを聞きつけ、ジゼルはまた歩みを止め、口の端だけで笑みを浮かべた。
何かを企んだときに見せるような、見たもの全てが怯えるような笑顔だったが、生憎とここには誰もいない。
それは勝利の笑みだったかもしれないし、自嘲の笑みだったのかもしれない。
―――どんなに苦しい状況でもハッタリをかませ。弱気になるな。
それは、今は亡き父が自分に残してくれた最初で最後で、そして最期の言葉だ。
だったら自分は死ぬ瞬間まで哂ってやろうじゃないか。
それで大切なものが失われずにすむのなら、いくらでもハッタリをかましてやる。高笑いをあげてやる。
ジゼルは再び進んだ。ステージはすぐそこだ。
さぁ、最高の道化を演じてやろうか。
(愚かな道化を追いかける白き道化)
どちらがより愚かなのだろうか。
10年前の今日、この連載を始めました。なんだか感慨深いです。
ちなみにこの話はサイトを作るまえに作成してたものですが、話の雰囲気が他のと合わないからと御蔵入りになってたものです。
彼女の新しい一面として知っていただけたらと思います。
(18/11/02)
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