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13.冥土の土産に黒猫とワルツを!(完)


「リオン!何で・・・!」
「僕には、守らなければいけない人がいる。戦う理由はそれだけだ」

「ちょーーっと!待ったぁあーーーー!!!」











 土の土産に
猫とワルツを!









 緊迫していた空気の中に、脱力させる声が乱入した。

「ジゼル!?」
「よかった。やっと追いついたー・・・」

 へにょへにょと力無くへたり込むジゼルのか細い手足には細かい擦り傷が無数にできていて痛々しかった。おそらくここにくるまでの道のりで、モンスターに襲われながらも必死に逃げてきたのだろう。断じてそう思いたい。デッキブラシの先に纏わりついている赤い液体は見なかったことにしたい。

「あんた何でこんなとこにいんの!?」
「ヒューゴのやつに置いてかれたー」

 なんですと?!

 彼女の言っている意味がわからず呆気にとられる一同。

「話せば長くな」
「手短に簡潔にしてくれ」
「はいよー」

 グッジョブ・リオン!

 たった今の今まで、敵だったはずのリオンにも、ソーディアンマスターズはこぞって親指をおったてた。
 ジゼルが思い出すのも腹立たしいと眉を寄せる。

「えーとねー縄で括られて暇で暇でしかたがなかったからねー暇つぶしに寝るとき以外ずっと喋って喋って喋り続けて喋り捲ってたらヒューゴのやつがー「もう、耐えられない!」つって、たった今さっきベルクラントから放り出された。以上、説明終わし」

 うわぁ・・・

 ジゼルのこれ以上ないわかりやすい説明に、その場にいる全員が同時に心の中で嘆息した。
 たぶん喋り続けた内容はほとんど毒と棘ばかりの言葉だったのだろう。それこそ生きる気力を根こそぎ削ぎ取られるような。
 寝るとき以外ということは食事中も喋り続けたのだろうか。・・・愚問だったな。
 そもそも彼女は寝ているときですら、なにかしゃべっていそうだ。(寝言とか、寝言とか。あと寝言とかで)

 そもそも、なんでよりにもよってこの彼女を人質にしたのかが謎だ。

「もーほんとむかつくあの髭オヤジ。そのせいで迷うし、何も無いところで転ぶし、誰もいなかったからいいものの、もんのすんごく恥ずかしかったわよアレ。おかげでむしゃくしゃして、手当たり次第に見かけたモンスター追っかけ回しちゃった。尊い犠牲になったこのレンズとガルドたちに謝れってのよね」

 おまえが謝れ。その場にいた全員の心が一つになった。

 そして先ほどの願望は見るも無残に砕け散った。どうやら彼女の擦り傷は転んだときにこさえたらしい。そしておそらく、迷ったのはその戦利品である尊い犠牲を追い掛け回したところにあると思われる。
 彼女の手にはジャラジャラと大量のお金やレンズが入った袋が握られている。その即席そうな袋の原料に何が使われているのかはあえて聞きたくない。








***






 突然ジゼルが自分の白いエプロンを脱ぎ捨てる。レースキャップと靴なども脇に放り投げ、裸足でリオンに歩み寄ると、彼のマントに手をかける。パチンと留め金が外され、桃色が冷たい地面に広がる。

「ジゼル?」

 彼女の奇行にすっかり馴染んでしまったリオンでも、さすがにこの行動の意図が読めなかった。
 とりあえず、『ジゼルったらっこんなところで大たn・・・』とか騒ぎ始めたシャルティエはいつも通りコアクリスタルに渾身の裏拳をぶち込むことで黙らせた(『大たn・・・』のあたりで)。
 しかし、ジゼルがリオンの腕を自分の肩に担ぎ、濁流に向かって歩き始めるたことで、ようやく彼女の意図に気付く。

「おい、何を・・・」
「何って見てわかんないの?もちろんここから逃げるのよ。どうせここでじっとしていたって溺れ死ぬんだから億に一つの可能性でもそれにかけるべきだわ」
単位がひとケタ違う。それならおまえ一人でいけ、僕は・・・」
「ふっざけんじゃないわよ!」

 耳元で怒鳴られて、頭の奥がキーンと鳴る。
 久々だ。その耳鳴りの痛みでさえ懐かしいと思えるあたり、自分でも末期だと思う。

「アンタに自殺願望があるのは勝手だけどね。そうなったらあたしのこれからの生活は誰が保障してくれるってのよ!!

 金の心配かよ!というツッコミをいれれるほどの体力が今の自分に無いのがこの場で唯一に口惜しい。

「金払ってるのはあのクソ髭かもしんないけど、あたしの本当の主人はもちろんあのクソ髭でも肖像画でしか見たこともないクリス様でもなくて、他の誰でもないアンタなんだからね。解雇するんならそれなりにちゃんと退職金を払ってからにして欲しいワケ。それともアンタ、あたしに野垂れ死にでもしろっていうの?このあたくしに売女のような真似をしろと?!」

 まぁなんてひどいおとこなのぉ!?きー!

 と、自分で言った台詞に自分で怒りながら、叫ぶ声の大きさと共に腕を引く力も強くなる。
 彼女ならたとえ無人島に身一つで漂流されたとしても立派に生きていけると思ったのは誰が何と言っても褒め言葉だ。

「とにかく、泳いで泳いで泳ぎまくればなんとかなるわよ。あたしたちメイドは毎日、水と(洗濯で)戦ってるんだからね」

 それはこの場ではまったく役に立たないだろうそもそもおまえは今までメイドといいながら家事を一切していないだろう。
 まっかせっなさーい!と、さも自分は常日頃から水どころか火(料理で)や人(安売りで)とも戦っております。といいたげな台詞にリオンは体力のない自分の体を再び憾んだ。

「おまえの退職金は高そうだな」

 ようやくそれだけを言って、ふっと自嘲にも似た笑いを漏らせば、ジゼルが目を丸くさせてこちらを見る。そういえば笑ったのなんて久しぶりだ。
 ジゼルがにやりと心臓に悪い笑みを浮かべた。マリアンとまでは言わないが、もっとこう、花が綻ぶようにとか、そんなふうに笑えば言い寄る男も現れるだろうに、と考え、しかしそれはそれでなんていうかぶっちゃけ気持ち悪いというかなんというかうっかり喋って彼女が聞けば、間違いなくデッキブラシの餌食になりそうな感情が芽生えたのでそこで思考を止めておいた自分に拍手喝采を送りたい。

「そうよー。もしもあたしを解雇するんなら残りの人生を弄んで暮らせるくらいの金を寄越すべきよ、そうじゃなきゃ絶対に辞めてなんてあげないんだから」

 人の一生を六十年(彼女は間違いなくもっと生きると思うが)として、そうすると彼女の残りの人生は少なくとも四十六年という計算になる。そんな長い月日を(遊ぶ、ではなく)弄んで暮らせる金などそう簡単に払えるものじゃない。しかも彼女の場合、遊び方が半端じゃなさそうだ。カジノとかカジノとかなんか賭博とか。どんな大金も一日で空っぽにしそうだ。

 どうやらこれからも長くなりそうな彼女との付き合いに、リオンは長く息を吐いた。あぁ、自分はまだ生きている。

「おまえを解雇するのは当分先になりそうだな」
「とうっぜん!退職金を貰うまでは仕え尽くしてやるんだから。誰が何と言っても、どんなにやだっつっても某刑事のとっつぁんの如くどこまでも着いていくわよあたし。きょほほ!」
「誰だそれは」
「しっかし、先人のいうことも馬鹿にならないわねー。美人薄命ってやつかしら。まぁあたしにとってはのぞむところじゃないの覆しがいがあるってもんだわってだけなんだけど」

 その場合、彼女の中で『美人』に分類されているのは誰なのか。それによってつっこむ内容と度合いが大きく違ってくる。
 不意に、彼女には勝てませんね、坊ちゃん。という呟きが腰の辺りから聞こえ、黙っていればバレないものを癖で思わず「黙れシャル」と一蹴してしまう。案の定、ソーディアンの声が聞こえないジゼルは、こちらをきょとんと見上げ、なぁにー?と邪気の無い顔で首を擡げた。

「なになに?今シャルティエなんて言ったの?」
「おまえは知らなくていい」

 自分の残りの人生は四十四年。・・・何やら不吉な数字だ。

 でも、その不吉ともいえる数字でさえも、彼女と共に過ごすのなら不吉だって悪くないと思えた。今なら黒猫が目の前を横切っても頭を撫でて弁当(マリアン特製)に残されているニンジンとピーマンをわけ与えてあげるだろう。まだ助かったわけでも打開策を閃いたわけでもないのに、リオンは仄暗い洞窟の中で、そう感じた。

「なぁにそれー。一番の功労者なのに、除け者扱いなの?」

 ひどくないそれーと濁流に飲まれる寸前まで緊張感無く喋り続けるこの女に、いつか、そうたとえば四十四年くらい後に、今の感情を伝えようと思う。






(おまえの笑顔は心臓に悪くて思わず寿命が延びそうだ)











縮めよめんどくさい。という文句は聞きません。byラブコン
戦わないメイドとかいいながら戦ってんじゃんと思ったそこのアナタ!(管理人もちょっと思ったけど)
いいですかー!?戦いというのは二者が対立してこそ成立するもので、彼女が行なったのは逃げ惑う猛獣を一方的に追い掛け回すことだからこれはけして戦っているわけではないのよ!(堂々といえることじゃないですていうかそれは動物虐待だ)


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あきゅろす。
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