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赤く染まるは・・・




 何故こんなことになったのだろう。
 目の前で流れる赤を見ながら、心からそう思った。







 赤くまるは・・・








 私は今、あるお屋敷の召使いとして働くための試験を受けています。
 いわゆる、面接というものですね。

「私がこの屋敷の主のヒューゴだ。よろしくたのむよ」
「は、はじめまして!」

 面接官として現れたのはメイド長さんや執事さんでもなく、いきなりお屋敷のご主人さまでした。

「ははっそう固くならなくてもいいよ」

 面接と言っても形式だけだから。と、その人は爽やかに言ってくださりました。なんていい人なのでしょう。金持ちとは須らく嫌味ったらしく底意地の悪い性格をしているものだと思っていたのですが、これは見識を見誤らなければなりません。フィッツガルトくんだりからわざわざ来た甲斐があったというものです。

(お姉ちゃん、頑張るからね!)

 望郷の地に置いてきた愛しい弟たちに思いを馳せ、決意を新たにしました。

「どうやら君は今までにも使用人としての経験があるようだね」
「あ、はい!炊事、洗濯、裁縫、掃除、とりあえず一通りのことはできます!」

 そう言うと、ヒューゴ様は目頭を押さえて、くっ、と嗚咽を漏らしました。何か気に障ることでも言ってしまったでしょうか。

「こんなに若いのに・・・同じ年齢だというのに・・・」
「あ、あの・・・ヒューゴ様?」
「あぁ、すまないな。君の人としての出来の良さについ目頭を熱くさせてしまったよ」

 人としての出来の良さ?家事ができることはメイドとしては当たり前なことだと思うのですが、ヒューゴ様はいったいどうしたと言うのでしょう?やはりお金持ちの考えることは平民には理解できません。

「では、屋敷の中を案内しよう。ついでにメイド長や執事にも紹介しておくよ。二人とも穏やかな性格だから気負わなくても大丈夫だよ」

 ヒューゴ様を見ていれば、穏やかだという二人も理解できる気が致します。
 こんなに使用人に優しい雇用主を、私は今まで見たことがありません。

「まずは・・・」

 そう言って、ヒューゴ様が先導して面接室の扉を開け、外に出ようとしたときでした。


 カカカ


 突然の鋭い音と共に私の頬にピリっとした痛みが走りました。
 恐る恐るその頬に手を這わせば、何やら赤いものが付着していて私の指先を汚していました。目を横に向ければ、私の背後にあった扉に、いまだビイィンという振動を残しながら一本の桐の柄をした刃が刺さっておりました。見たことはありませんが、知識としては知っております。これは確か、彫刻刀と呼ばれるもののはずです。もしもあと一歩横にずれていたら、と考えるととても恐ろしいのでそこで思考を切りました。
 何故、アクアヴェイルの伝統工具がこんなところに、と思って視線を揺らすと先ほどまで前方を歩いていたはずのヒューゴ様の姿が見当たりません。まさか置いて行かれてしまったのでしょうか。召使いとして、なんたる失態!と、慌てて駆け出した一歩目に何やら柔らかい感触。ぐに、と思いっきり踏みつけてしまったそれに視線を落とすと、それは忽然に消えたと思っていたヒューゴ様でした。

「ヒューゴ様!?」

 慌てて倒れているヒューゴ様から足をどけ、そのぐったりしている身体を抱き起こしました。
 そして、ヒューゴ様の顔を覗きこんでとてもびっくり致しました。その額には2本の彫刻刀が突き刺さり、止めどなく赤い液体を溢れさせて、もとから赤いカーペットをさらに深く染めていたのです。あぁ、なんということでしょう。先ほど途中で放棄した、「あと一歩横にずれていたら・・・」という思考の続きを彼は実践してしまっていたのです。そして、カカカ、という三音の一つは私の頬を掠めただけでしたが、どうやら残りの二音は全て彼の額に吸い込まれていたようでした。なんと運の悪い人でしょう。

「ちょ・・・だ、だれかぁああ!ヒューゴ様があああああ!?」

 惜しげもなく高級そうなカーペットに吸い込まれていく赤から目を逸らして、何故こんなことになったのだろうか、と改めて思考を立ち上げました。すると、

「あっれ〜?ヒューゴ様だけだと思ったのに、知らない娘がいる〜?」

 突然、頭上に降ってきた高い声に、ふと顔を上げると、そこには、長い黒髪を流しながら、一瞬、天使にも見紛うような可憐な少女がおりました。空のように澄んだ瞳をこちらに向けてきょとんとしている姿はなんとも愛らしいです。愛らしいのですが、しかし、その手には先ほど私たちを強襲した、恐ろしい凶器が握られていました。







(あー新しいメイドさん?はじめましてーメイド見習いのジゼルと申しますー)
(この人がメイド!?)

 初日から衝撃的。












 『物語と三題の噺』の企画様に投稿したものです。


 『彫刻刀』『カーペット』『面接』がお題でした。
 赤く染まったものは、彫刻刀とカーペット、それから面接官ということです。

 この3つの単語を見て一番に連想した話がこれです。正直、誰が主人公かわかりませんね。

 一人称は久しぶりに書きましたが、とても楽しかったです。
 文中にある「須らく」は意味合い的には本来の使用法とは違うのですが、こういう間違った日本語を使うのが好きです。

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あきゅろす。
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